柄本 佑「荒井さんが書く、チャーミングで大人っぽいセリフを話せるだけで、役者として最高に幸せでした」
公開日:2019/8/9
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、間もなく主演映画『火口のふたり』が公開される柄本佑さん。どハマりしたというオススメ本の『ドロヘドロ』のこと、また「至福の時間でした」と話す映画の撮影エピソードについてお聞きしました。
「1ページ目からやられました。爬虫類の顔をした男が人間の頭を食べていて。もう、笑うしかないなって思うぐらい最高で(笑)。そのあとは一気読みでした」
柄本さんが紹介してくれたオススメ本は林田球のマンガ『ドロヘドロ』は昨年ついに完結。カオスな世界で繰り広げられる人間界と魔法界の戦いに、多くのマンガファンが虜になった。
「僕がいいなぁと思ったのは、説明が少ないんですよね。先ほどの1ページ目の話もそうですが、場面状況や登場人物たちの関係性、物語の背景など、そうした説明がないまま急に話が始まっていくんです。しかも、9巻あたりまでどんどん世界観が広がっていって、“この風呂敷、ちゃんと畳めるのかな”と心配になってくる(笑)。でも、全巻を読み終えて、もう一度最初から読み直すと、序盤にたくさん伏線が散りばめられていて。最初からすべて計算されていたんだろうなと感じさせられる。ホント、何回でも読みたくなる作品です」
柄本さんが繰り返し読むのには、いろんな理由がある。そのひとつが、魅力的な登場人物たちにある。どのキャラクターの目線で読むかで、見え方、感じ方が大きく変わってくるからだ。
「全員が同じ濃度で描かれているから、どのキャラクターにも感情移入できるんです。例えば、魔法使いの世界に住む藤田は最初、ただのイジられキャラで、すぐに死ぬんだろうなと思ってました(笑)。でも、どんどん重要な役割を担い、そのうち大活躍し、最後には彼が背負っていたものが明らかになる。影の主役ともいえるんですよね。それに、全員が全員ちょっと抜けてるところがあって、愛嬌もある。本物の悪が出てこないので、戦いの話ではあるんですが、みんな応援したくなるんです」
そんな柄本さんが主演を務める映画『火口のふたり』が間もなく公開される。原作は白石一文の同名小説。監督は『Wの悲劇』(1984年)、『共喰い』(2013年)など日本映画界に数々の傑作を残してきた脚本家の荒井晴彦。久々に再会した元恋人同士の男女が“身体の言い分”に身を委ね、快楽の海へと溺れる様子をリアルに描いた<R18>衝撃作だ。
「僕が演じた賢治は、原作では40歳前後。でも、監督もおっしゃってましたが、それを30代前半の僕が演じたことで、少し青春映画の匂いのする映画になっていると思います。それに、設定年齢が若くなると、《あの頃》というセリフも、そこから感じられる時間の長さが違ってきますよね。40歳になって振り返る20代の《あの頃》には、若気の至りや大人になりきれていない純粋さが感じられる。でも、僕の年齢で口にする《あの頃》はついこの前のことで、まだ後悔や未練などがどこかに残っているように思える。そういった意味では、原作とはまた違った世界観でこの映画を楽しんでいただけるのではないかと思います」
そしてもうひとつ注目したいのが、荒井晴彦が紡ぐ言葉の美しさだ。
「荒井さんの書かれた脚本が大好きで、ロマンポルノも含め、たくさん見てきました。これまで純粋に観客として見ていたときは、言葉の使い方が非常にチャーミングだなと思っていたんです。でも、いざ自分で演じてみたら、セリフのひとつひとつが大人だなということに気づきました。例えば、『〜してたぞ』という語尾が『〜していたぞ』だったり。とても丁寧で、大人っぽいんですよね。普段、あまり使わない言い回しなので、そこはすごく苦労しましたけど、ただ、言いにくいという理由で、僕の言葉使いに寄せていくのはやっぱり違うし、それに荒井さんが書くセリフを言える経験なんて、そうそうないですからね。台本に忠実に表現することを意識して演じていきました。わずか10日間の撮影ではありましたけど、荒井さんの世界観にどっぷり浸かることができて、本当に幸せでしたね」
(取材・文:倉田モトキ 写真:干川 修)
映画『火口のふたり』
原作:白石一文『火口のふたり』(河出文庫) 脚本・監督:荒井晴彦 出演:柄本 佑、瀧内公美 配給:ファントム・フィルム 8月23日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国公開
●10日後に結婚式を控えた直子は、故郷の秋田で賢治と再会する。20代の頃、欲望のままに生きていた2人は、直子の婚約者が戻るまでの5日間だけ、再び激しく愛し合う。身体の言い分に身を委ねる、2人がたどり着いた先とは──。
(c)2019「火口のふたり」製作委員会