手術中に起きた連続殺人「バチスタ・スキャンダル」から2年――被疑者の「死刑」を引き換えに始まる新たな闘い

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/3

『氷獄』(海堂尊/KADOKAWA)

 手術室で起きた前代未聞の連続殺人を描いた海堂尊さんのメディカルミステリー『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)。第4回「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作で、現役の医師であった著者が描く最新の医療現場の状況や大学病院における特殊な人間関係などのリアリティ、そして何より登場人物たちの強烈な個性が魅力となり、デビュー作ながら320万部超えの大ベストセラーに。テレビドラマや映画も大いに人気を集めたのでご存じの方も多いだろう。その『チーム・バチスタの栄光』に、このほど13年ぶりの待望の続編『氷獄』(KADOKAWA)が登場した。

「ちょっと待って! 続編といえば『ナイチンゲールの沈黙』や『ジェネラル・ルージュの凱旋』などチーム・バチスタで事件解決に奔走した田口医師と厚生労働省の白鳥技官の『田口・白鳥シリーズ』(いずれも宝島社)があるじゃないか?」と思った海堂ファンの方もいるだろう。実はこの『氷獄』は、『チーム・バチスタの栄光』で描かれた事件「バチスタ・スキャンダル」についての裁判がいよいよ開廷というタイミングを描いたもの。つまり事件そのものの「続編」となるのだ。

 最新鋭の心臓手術の最中に起きた前代未聞の連続殺人として世を震撼させた「バチスタ・スキャンダル」から2年。被疑者の頑なな黙秘の前に、本音では死刑に持ち込みたい検察も起訴の基本方針を決められず、「保身の願望もない」と弁護をも拒み続ける被疑者には国選弁護人すら決まらないまま時間だけが過ぎていた。人権派弁護士の間でも懸案となっていた事件の担当に、ある日、新人弁護士・日高正義が名乗りをあげる。意気込んで東京拘置所に面会に向かう日高だったが、あまりにも虚無的な被疑者の態度には取りつく島もない。だが、諦めない日高がある提案を持ちかけると、氷のようだった被疑者の態度に変化が。それは被疑者の「死刑」を引き換えにした新たな闘いの始まりでもあった――。

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 被疑者自ら「話を聞くなら」と名前をあげた人物として、お馴染みの田口医師が登場し、さらに田口医師がイヤイヤながら紹介したとして白鳥技官も登場。日高の目線で語られる2人の姿は往時のままなら、白鳥の無遠慮なトンデモペースに日高が唖然としたまま巻き込まれていくのも予想通りの展開。個性的なキャラクター描写といい、海堂ファンなら思わずニヤニヤしてしまうことだろう。

 今回、物語のステージは医療から司法へと移り、それぞれが微妙な利害関係のもとに共闘し、有罪率99.9%を誇る検察司法の歪みに正義のメスを入れていく。医療・司法共に現場事情のリアリティが抜群なのは、さすが海堂作品。リーガル×メディカルというハードなテーマながらエンターテインメントとしてぐいぐい読ませる。

 実は本書にはこのほか、東城大学医学部付属病院を舞台にした「双生」「星宿」「黎明」と計4作が収められており、その意味では「桜宮サーガ」(注・海堂作品の小説にある世界観。様々な作品でクロスオーバーすることがある)の待望の最新作。ファンにはたまらない一冊なのは間違いない。

文=荒井理恵