後ろめたい? 妻子持ちの彼氏と付き合うのって… /『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』③

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/3

話題のNHKよるドラ「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」原作。
同性愛者であることを隠して日々を過ごす男子高校生は、同級生のある女子が“腐女子”であることを知り、急接近する。思い描く「普通の幸せ」と自分の本当にほしいものとのギャップに対峙する若者たちはやがて――。

『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(浅原ナオト/KADOKAWA)

■第3回 後ろめたい? 妻子持ちの彼氏と付き合うのって…

 店を出た僕たちは、歌舞伎町のラブホテル街に向かった。

 途中、『’39』に行く前に立ち寄った本屋の前を通り、警戒心が高まる。神様が平等ならば、僕がたまたま本屋のレジでBL本を買う三浦さんを目撃したように、三浦さんに僕が男とラブホテルに入るところを目撃する機会を与えかねない。これでおあいこじゃろ、みたいな。

 キョロキョロと周囲を見回しながら歩いているうちに、どうにか無事ホテルの部屋まで辿り着いた。ようやく二人きり。ボディバッグを小さなテーブルに置いてベッドに倒れ込み、大きな安堵の息を吐く。

 うつ伏せになる僕の傍にマコトさんが座った。そして僕の右手に自分の右手を重ねる。右手だけが、別の生き物になったみたいに熱くなる。

「疲れてるね」
「うん。実は今日、マコトさんに会う前、本屋でクラスメイトに会っちゃってさ。見つかったらどうしようって、ずっとビクビクしてた」

 マコトさんが驚いたように目を剥いた。僕の言葉にマコトさんが動揺している。そんなことが、無性に嬉しい。

「男の子? 女の子?」
「女の子。BL本買ってるところ目撃した」

 マコトさんが「ああ」と苦笑いを浮かべた。BLで問題なく通じたようだ。

「それは、すごいところを見たね」
「でしょ。絶対に内緒にしてくれって言われた」
「ああいう本、中身はどうなのかな」
「軽く読ませて貰ったけどファンタジーだったよ。初めてなのに簡単に入って、めちゃくちゃ感じてた」
「純くんは最初、大変だったからね」

 マコトさんが、僕の腿裏(ももうら)から臀部をジーンズの上からさっと撫で上げた。マコトさんは僕の初めての彼氏だ。処女―というのかどうかは分からないけれどとにかくそういうもの―を捧げた相手でもある。

「純くんの学校は、クラス替えはないんだよね」
「うん」
「ならその女の子とはあと二年同じクラスなわけだ。そういう女の子なら純くんのこと、分かってくれるかもね」
「無理でしょ。それとこれとは話が違うよ」
「そうかな。もしかしたらこれを機に、その子と純くんが急接近するかもしれない」

 マコトさんが僕の上に覆いかぶさった。耳の後ろに息を吹きかけ、低い声で囁く。

「嫉妬するな」

 マコトさんが僕の臀部を揉み始めた。僕は「早いよ」と身を捩(よじ)って逃れようとする。だけどマコトさんはそれを逃さず、声を悪戯(いたずら)っぽく弾ませる。

「準備はしてきたんだろう?」
「してきたけど……」
「なら大丈夫。呼びなさい」

 行為開始の合図をマコトさんがせがむ。実のところ、僕のちんぽこもすっかり硬くなっている。僕は仰向けになり、細めた目をマコトさんと合わせた。

「―父さん」

 マコトさんの唇と僕の唇が重なる。命を交換するように舌を絡ませる。ファンタジーではない、誰にも見せられない、リアルでシークレットなまぐわいの始まり。

 もちろん、本当の親子ではない。

 僕がセックスの時にマコトさんを父さんと呼ぶのは、そういう契約で出会ったからだ。出会い系サイトの掲示板でマコトさんがそういう相手を募集して、僕が応募した。通学電車で僕がマコトさんに一目惚れ、思いが募り告白して恋が実ったというような展開だと三浦さんみたいな人たちは大喜びなのだろうけど、現実はそうはいかない。掲示板を使っているだけまだ手間をかけている方で、今時はGPS機能を使用するスマホのアプリで身近にいる同性愛者を探し、もっと即物的で刹那的な出会いを実現することも可能だ。ただ周囲に同性愛者だとバレるリスクもあるから、僕は使っていない。

 僕の本当の父さんは、今は多分、実家にいる。推測が入るのは十年ぐらい会っていなくて実態が分からないから。僕の父さんと母さんは大学生のうちに僕をこさえ、若さと勢いに任せて結婚し、そして僕が小学校に上がる前に若さと勢いが尽きて離婚した。それから僕はずっと、母さんと二人で暮らしている。

 マコトさんの本当の息子は、今日は部活でテニスの試合に行っている。

 試合を観に行こうかと言ったら断られたそうだ。息子は僕と同じ年だけど、僕よりもだいぶとんがっているらしい。中学生の娘と奥さんもそれぞれ昼から出かけていて、フリーになった時間を僕が貰った。

 お父さん借りちゃってごめんねと実の息子に勝ち誇りたくなる―ような感情は抑えなくてはならない。家族の前で良いお父さんをやっている時の佐々木誠(ささきまこと)と、僕の前で悪いお父さんをやっているマコトさんは別人なのだ。それを理解出来ないようでは、既婚の同性愛者と付き合う資格はない。

 それに僕だってぼんやりと、将来は家庭を持ちたいと思っている。

「ジュン、気持ちいいか?」

 僕のシャツの中に手を入れて、胸の突起を指の腹で撫でながら、マコトさんが湿っぽく問いかける。僕はそこがとても弱いので、腰を浮かせてうんうんと頷く。行為の最中、マコトさんは僕を呼び捨てにする。口調も強気になる。それが、たまらなく興奮する。

 きっとマコトさんは、自分の息子に欲情している。そしてそれを僕で発散している。僕はそれで別に構わないと思う。心を止めることは出来ない。身体が止まれば良い。殺したいと思うだけで殺人の罪に問われるならば、世界にはマンションより刑務所の方が多いはずだ。

 三浦さんは、どう思うだろう。

 サメとイルカが魚類と哺乳類であるように、バイセクシャルと女も抱けるホモセクシャルは似ているようで全然違う。僕の見立てでは、マコトさんはおそらく後者だ。奥さんに対する愛情がどうにも見えない。

 マコトさんや僕のことを知ったら、三浦さんはきっと軽蔑するだろう。世間体のために女性を騙すなんて現実のホモは汚いと、大好きなホモを嫌いになるかもしれない。世間体とは違うなんて言い訳しても、おそらく理解して貰えない。

 世間体じゃない。世俗を気にしているわけじゃない。少なくとも僕は、僕と奥さんと子どもで築く平凡な家庭も、郊外の庭付き一戸建ても、孫たちに囲まれた幸せな老後も、全部欲しい。たくさんの家族に看取られて、「いい人生だった」なんて呟いて、眠るように息を引き取りたい。ただちんぽこが、ちんぽこがどうしても上手く勃ってくれない。

 本当に、ただそれだけの単純な話を、ほとんどの人は分かってくれていない。

【次回につづく】