「“スー女”になれない」/林真理子『女の偏差値』③

文芸・カルチャー

更新日:2019/8/12

言わずと知れた日本女性のお手本、林真理子さんの「美女入門」Part17。アンアンでの連載もついに20周年! 昭和・平成・令和…いつの時代も最先端。現状に満足せず上を目指して努力を続ける。それが美女の、生きる道!

『女の偏差値』(林真理子/マガジンハウス)

“スー女”になれない

 マガジンハウスは、歌舞伎座の真裏にある。だから歌舞伎座に行く前後、よくお邪魔する。会議室を使わせてもらって仕事をしたり、ファックスを借りるのだ。ついでにお茶とおやつもいただく。コーヒーもとってもらう。いつもすみませんねぇ……。

 つい先日のこと、

「これから『勧進帳』観に行くの。新染五郎見てくるんだ」

 と言ったら、女性編集者たちがいっせいに、

「いいなー」

 と声をあげた。

 そう、十二歳の八代目染五郎さんであるが、私は幼少の頃から注目していた。目鼻立ちが整っていてホントに可愛い男の子。それがここに来て、目を見張るような美少年に成長したのである。もう、この世の人とは思えないほどの美しさ。

 歌舞伎の役者さんだからといって、みんながイケメンというわけではない。

 今までだとダントツ一番は海老蔵さんということになっていた。私は彼を高校生の頃から知っているのがかなり自慢。その頃私は日舞を習っていたのであるが、女の踊りの時だけは彼も同じお師匠さんについていたのだ。

 広尾のイタリアンに連れていってあげたこともある。が、あちらはそんなこととうに忘れているだろうし、言われても迷惑だろう。

 まあ、歌舞伎界のいい男といえば、海老蔵さんということで、隼人さんとか松也さんらの若手なんかがそれに続いていた。そこに来て新染五郎さんが襲名し、あっと息を呑むような美しさと顔立ちで話題を集めているのだ。

 ああいう古典芸能のすごいところは、何年かに一人、ものすごーい美形を輩出することである。

 私は知らないが、今の海老蔵のお祖父ちゃんも、写真を見ると気が遠くなるほどの美男子だった。先日、狂言を観に行ったら、どっかの御曹司がやはり、おおっ、とうなりたくなるようなレベルだったではないか。

 私はアンアンの編集長に直訴した。

「どうか新染五郎さんを表紙にお願いします。それから古典芸能美少年シリーズ」

 あと二、三年たったらきっとかなうはずである。早くツバをつけといてね。

 話は変わるようであるが、バブルの頃であろうか、いや、その前のことであろうか、若い女の子が歌舞伎を観るのがちょっと流行ったことがある。女性誌でもよく特集を組んでいたっけ。スタイリストとか編集者とかいった、ひとクセある女たちが、こぞって歌舞伎ファンを公言していたのだ。

 しかし、

「ちょっと教養あっておしゃれなワタシ」

 というのがミエミエで、なんとはなしに世間から反感を買ったような気がする。そのために消えてしまったような……。

 今、歌舞伎座に行っても私のようなオバさんか、もっと年上の人たちばかりである。いや、あの時の歌舞伎ファンの女性たちも年をとり、オバさんの中に紛れてしまっているのかもしれない。

 代わって勢力をふるってきたのが、「スー女」と呼ばれる相撲ファンの女性たちである。昔は内館牧子さんぐらいしかいなかった相撲好き女性が、今はウヨウヨいる。テレビ中継を見ていても、土俵のすぐ後ろに若い女性がかなりいる。

 チケットを手に入れるのはすごく大変なはずなのに、よくあんなに近い席にいられるなぁと感心してしまう。が、今のお相撲さんにそんなにイケメンはいないような。昔はご存じ貴乃花とか、寺尾なんかがいたけれど……。

 などということを知り合いのスー女に話したところ、

「何言ってんですか。私たちは取り組みを見て判断するんですよ。そんな顔がどうの、なんてあまり関係ありません。それに強いお相撲さんはみんなカッコいいですよ」

 ということであった。ふぅーん、私は自分がデブなので、太った男の人にはまるで興味がないが、友人から頼まれて、モンゴル出身のお相撲さんの後援会理事をやったことがある。その頃、時々チケットがまわってきたので、砂かぶりの席でも見たし、マス席で見たこともある。あそこで出される焼きトリは、さすが両国国技館の地下でつくるだけあって、本当においしかったなぁ、という記憶しかない。

 ところで最近、例の美容マッサージにハマり、ついに十二枚綴りのチケットを買った。なぜならエステティシャンの人が、力を込めながら私のお腹をもみにもみ、

「ハヤシさん、筋肉と脂肪を少しずつ分離させましたよ」

 と言ったからである。霜ふり肉を安い赤身に変えてくれたということか。

 お相撲さんのお腹を見るたび、いつもこの言葉を思い出す。やはり、筋肉とか脂肪の割合を考えるから楽しめないのかも。

<第4回に続く>

林真理子
1954年山梨県生まれ。コピーライターを経て作家活動を始め、82年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で第九四回直木賞受賞、95年『白蓮れんれん』で第八回柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で第三二回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。2018年、紫綬褒章受章