「ロミジュリ現象」/林真理子『女の偏差値』⑤

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/13

言わずと知れた日本女性のお手本、林真理子さんの「美女入門」Part17。アンアンでの連載もついに20周年! 昭和・平成・令和…いつの時代も最先端。現状に満足せず上を目指して努力を続ける。それが美女の、生きる道!

『女の偏差値』(林真理子/マガジンハウス)

ロミジュリ現象

 つい先日、某省の超エリートと飲むことになった。

「ついでに独身のイケメン、何人か連れてきてね」

 と頼んだところ、四人連れてきてくれた。私はまわりの女性のおムコさん候補になるような三十代と念を押したのに、やってきたのは全員二十代であった。結婚したがっている女性は、みんな三十代なのに。

「だけどハヤシさん、どこの省を見渡しても、三十代の独身って本当にいないんですよ」

 なんでもこの頃結婚が早くなっていて、大学の時からの恋人と、さっさとしてしまうそうだ。

「官僚になると、すごく忙しくなるのがわかっているからですかね」

 そうかあ……。東大生、インカレサークルで多くの女の子が狙っているんだね。

 その中に松山ケンイチそっくりの男性がいた。横から見るとさらに似ている。

「写メ撮ってもいい?」

「いいですよ」

 ということでパチパチ撮り、後で友だちに見せたところ、みんなが口を揃えて「松山ケンイチに激似」と驚いていたものだ。

 ところでこの飲み会を催すにあたり、女友だちが急きょ欠席となり、女性は私だけになった。

 夫が言う。

「君みたいなオバさんひとりじゃ、彼らがあまりにも可哀想だろ」

 それもそうだと思い、あれこれ考えた。若い女性編集者でもいいのであるが、週刊誌がある出版社だと、何かとキナくさい今日この頃。彼らが用心してしまうに違いない。

 それなら政治色の全くない、アンアン編集部はどうかしら。私の担当のシタラちゃんなら可愛くておしゃれ。きっと彼らも喜ぶかも。しかし彼女は仕事の会食が入っているという。

「わー、こんなチャンス、残念です。口惜しいです」

 それならばと、姪っ子にメールをした。彼女なら国立大卒・外資勤務。そうバカではない。

「わー、◯◯省の若手官僚!行く、行くー。私、六本木で会食だから終わり次第行く」

 ということで、こちらの食事が終わる頃やってきて、私は帰ったが、その後皆で飲みに行ったようだ。ちゃっかり皆とラインも交換している。

「だけどオバちゃん、みんな年下だったよ」

 その後、進展はないとか……。

 さて、こういう若手エリートもいいけれど、先週会った役者の卵ちゃんたちも本当によかったなぁ。

 私が何かとお節介をやいている、地方出身のA子ちゃんがいる。このエッセイにも時々出てくる彼女は、女優さんをめざして芸能スクールに通っているのだ。十九歳になったばかりの彼女には、同級生の彼氏がいて、ラブラブの様子をインスタにのせたりしている。

 ミュージカルを観たいと言うので、日曜日に予定していたところ、彼女からメールが。

「友だちも連れていきたいんだけど」

 彼氏だとピンときた。

 いいよ、もちろん、と答えたら、

「他の友だちもいい?」

 スクールの同級生だって。

「だったらチケット何枚か用意してあげるから、友だちみんなで行きなさい。私は行かないけど」

 若いコたちで行った方が楽しかろうと思ったのだが、

「みんなマリコさんに会いたいって」

 意外な返事が。

 そんなわけで当日、劇場前で待ち合わせた。芸能人志望のチャラい男の子たちだとイヤだなぁ……、と内心案じていたのだが、さわやかなイケメン二人であった。A子ちゃんの彼氏は、大学を出てからスクールに入ったのでちゃんとした大人。誠実で知的な青年であった。もう一人の男の子も小顔のクールビューティ。この男の子二人は、オーディションに受かり、最近話題のお芝居にも出演している。私もそのお芝居を観ていたが、後ろのアンサンブルの町人たちの中に彼らがいたわけだ。

 ミュージカルの後、代々木上原の焼肉で夕ごはんを食べた。男の子たちの食べることといったら、本当に気持ちいい。そしてスクールの話をいろいろ聞いた。

「授業の最初に、ペアを組んで『ロミオとジュリエット』のバルコニーの場面を練習します。これは“ロミジュリ現象”といい、たいていのペアはつき合うようになります」

 A子ちゃんと彼氏も、この時のペアがきっかけだ。抱き合うシーンで真赤になったA子ちゃんを、彼氏は本当に可愛いと思ったそうだ。

「ロミジュリ現象。いい話だねぇ……」

 私はうっとりとした。舞台を志す若い男女が、バルコニーで愛をささやく。

「あぁ、ロミオ、行かないで。あれは夜を告げるナイチンゲールの声よ~」

 酔ったオバさんは、突然セリフを口にし、若い人たちに引かれたのである。

続きは本書でお楽しみください。

林真理子
1954年山梨県生まれ。コピーライターを経て作家活動を始め、82年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で第九四回直木賞受賞、95年『白蓮れんれん』で第八回柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で第三二回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。2018年、紫綬褒章受章