巨大恐竜を追うTVクルーがでっち上げ撮影をスタート/『5分間SF』“大恐竜”①
公開日:2019/8/13
その名の通り、1話5分で読めるSFショートショート。思わずあっと驚く結末と、そしてじわりと心に余韻を残すお話が詰まっています。今回は収録されている16のお話のうち、3つを連載で紹介します。
大恐竜 ~TV番組のロケ中に、探検隊のクルーが見た驚きの光景とは?~①
「何が恐竜だよ」
半日がかりの探索の後で、やっとたった一つ発見した足跡を眺めながら、宇都宮(うつのみや)が言った。
「これじゃ、せいぜい大きめのトカゲってとこだぜ」
「でなきゃ、ダチョウだな」
太めのカメラマン、ヤスが、馬鹿にしたように言う。
「それとも、ガチョウか」
僕には、それはむしろ、でっかい鶏の足跡のように見えた。
人間の掌より、少し大きいくらい。三本の、細い指と、はっきりしない蹴爪のあとが、長い地割れの横の、乾いた地面に、印されている。
「一つだけってのは、どういうわけだ」
誰に対してかはわからないが、宇都宮は怒っている。
確かに、足跡は一つだけで、空からけんけんをしながら落ちてきたでっかい鶏が、そのまま後ろ向きに、地割れに落ち込んでしまったように見える。
「他はきっと、風に消されちまったんだよ、あーあ」
ビデオ機材を担いだヤスが、悲しそうにため息をついた。
「どうする? これじゃ、足跡のあとをつけることもできないぜ」
「ここは暑いしな」
宇都宮は、ごつごつと盛り上がった地面を蹴飛ばした。
「仕方ない。これだけで、何とかでっち上げちまおう」
「そう、悲観することはないさ」
僕は、落ち込んでいるらしい宇都宮を慰めた。
「『ミランドリアの蠅男』を覚えてるかい?」
「忘れるもんか」
その撮影を思い出して、宇都宮はなおさら、気分が悪くなったようだった。
「惑星ミランドリアに、蠅男が出現した、という情報をキャッチして、われわれ『秘境の驚異』探検隊は、ただちに現地へ飛んだ」
「そこでわれわれが目にしたのは」
カメラマンのヤスが、ドラマチックな口調で続ける。
「目にしたのは、実に、実に──ええと、何だっけ」
ため息をつきながら、僕があとを引き取った。
「実に戦慄すべき、驚異に満ちた事実だった」
「そう、そうだった」
ヤスが、重々しく頷いた。
「そういう事実だった。ミランドリアの街はずれで、われわれを待っていたのは、何と、何とも驚くべきことに──」
「体じゅう、蠅におおわれた、ただの汚い乞食男だったのである! あの時は、スポンサーが怒り狂ったな」
ヤスは、悲しげにかぶりを振った。
「おれたちの責任じゃないよ。蠅男の情報を持って来たのは、テレビ局のほうだったじゃないか」
「そうそう」
僕は頷いた。
「僕たちは、ただの低予算探検撮影隊にすぎない。『ザイダル銀河人の墓』の時も、企画したのはテレビ局だ」
「あれもひどかったな」
早くも三脚を組み立てながら、ヤスが相槌を打つ。
「超銀河文明の遺跡だとかいう触れ込みだったけど、埋まっていたのは子供のおもちゃだった」
「ただ一つ、そのおもちゃが、地球の台湾製だったってのが、謎と言えば謎だな」
と、僕がつけ加えた。
「だから、そこを、番組でも強調したじゃないか」
宇都宮が、面白くもなさそうな口調で言う。
「『なぜ、地球製の子供のおもちゃが、このような辺境の星にあるのか。この謎は、それこそ超銀河文明の瞬間航行技術でも想定しなければ、到底説明できないのである』とか何とか」
「おおかた、初期入植者の誰かが、孫のために持ち込んだんだろうよ」
ヤスが、ビデオ機材の組み立てを終え、カメラのてっぺんを、ポンと叩いた。
「さあ、早いとこ済ましちまって、ずらかるとしようぜ」
「最初のナレーションのとこが、少し残ってたな」
宇都宮は、地面に腰を下ろすと、だらしなく両足を伸ばして、ピン止めマイクを手に取った。
「どうせ、雑音取りは局の連中がやってくれるんだ。ついでにここで吹き込みしちまおう」
さすがに、宇都宮は年季の入ったプロだ。まるで、印刷した台本を読んでいるように、台詞がよどみなく流れ出して来た。
「われわれのもとに、一通の手紙が届いたのは、去年の秋のことだった。その手紙の差出人は、リナーカス星に住む老人で、貿易商を営(いとな)んでいるということだった。
われわれのもとには、毎週、何千通にも及ぶ手紙が届くのだが、その手紙は、特にわれわれの興味を引いた。
なぜならその手紙は、リナーカス星先住民の間に伝わる、巨大恐竜伝説について触れていたからである」
宇都宮は、マイクのスイッチを切った。
「ここで効果音。リナーカス星先住民って表現はどうかな。問題ないか?」
「いいんじゃないの」
と、僕は言った。
「別に、未開人だって言ってるわけじゃないんだから」
宇都宮は、マイクのスイッチを入れ、低いがよく通る声で続けた。
「貿易商の手紙によれば、先住民たちは、今でも、ハグリアーノ、つまり、恐竜の実在を信じているということだった。ハグリアーノというのは、リナーカス語で、『巨大な、堅い皮の悪魔』を意味する。
言い伝えによると、この悪魔は、小さな山ほどの大きさがある。定期的に眠りから覚めると、ハグリアーノは、鋼鉄のような爪で岩を砕き、人や家を踏み潰し、地上にわざわいをもたらすと言う」
宇都宮は、またマイクのスイッチを切った。
「わざわいが聞いて呆れるな。あの足跡じゃあ、蟻塚を踏み潰すのがせいぜいだ」
「まったく」
偏執狂のように、何度もカメラを点検していたヤスが、気のない口調で言う。
宇都宮が、かぶりを振りながら、また録音を始めた。
「宇宙生物学者は、リナーカスの恐竜は、何万年も前に死に絶えたものと信じている。しかし、先住民たちは、恐竜の絶滅を否定しており、貿易商の老人自身、その足跡を目撃したことがあると言う」
「そこで、星図だの地図だの図表だの、古文書だのと、その解説」
と、僕が言った。
「と、効果音と想像アニメーション一山」
と、ヤスが付け加える。
「こらこら、マイクに入っちまったぞ」
宇都宮は、それほど怒っていない様子でぼやいた。
「まあいいか、どうせあとで編集するんだ」
放送用の声とは違って、ひどく投げやりな調子だ。
ヤスは、じりじりと照りつける白い太陽を見上げ、麦わら帽子で胸もとをあおいだ。
「われわれは、ただちにスケジュールを調整すると、現地入りの計画を立てた。なぜか、奇妙なことに、リナーカスの入国許可を得るのに、三カ月以上もの時間を要した」
「馬鹿マネージャーのせいだ」
とうとう、地面にしゃがみこんでしまったヤスが解説する。
「申請書類を、間違った役所に出したからさ。あのトンマめ」
「われわれは、探検隊の目的を知ったリナーカス政府が、何かを隠そうとしているのではないかという印象を抱いた」
と、宇都宮は続けた。
「われわれは、手を尽くして調査したが、リナーカス政府は慎重であり、隠匿と陰謀の事実を証明することはできなかった。
そして、あらゆるつてを使った結果、われわれは、ついに入国許可を手に入れ、勇躍リナーカスへ向かって飛び立ったのである」
「おんぼろ定期便でね」
また、ヤスが口を出す。
「あの船の、乗客の詰め込みかたってのは、まさに犯罪的だぜ」
「局が、撮影に出す予算が、犯罪的なんだよ」
と、僕は指摘した。ここんところは、編集の連中に、是非聞いてもらいたい。
「悪質な下請いじめだ」
「そして、困難な航行のあと、われわれはリナーカス星の人となった。宙港で一息入れる時間も惜しんで、われわれはただちに装備を整え、サンドバギーを調達すると、カヤマナウ大砂漠へと向かった。
そして、暑さと危険な砂漠の生物に悩まされながらの、一週間にもわたる踏査行を経て、われわれは、ついにここに辿りついたのである──」
宇都宮は、数時間の踏査行と、数分間のナレーションのあとで一息入れると、カメラの準備をするよう、ヤスに合図した。
「ここで、われわれを待っていたのは、信じられないような光景だった!」
ヤスは、地面に投げ出した小物入れから、三つの煙草のパッケージを取り出した。
同じ名柄なのに、それぞれ大きさが違う。知り合いの印刷屋に作ってもらった逸品だ。宇都宮は、一番小さな箱──普通のパッケージの、半分くらいの大きさのやつを指差した。ヤスは、うやうやしい仕草で、それを地面の足跡の横に置いた。
「われわれは、この砂漠の中央で、絶滅したはずの恐竜の、まだ新しい足跡を発見したのである!」
「新しいかどうかなんて、わかるの?」
と、ヤスが僕に訊いた。
「さあ──」
僕は、首をかしげた。
「何してるんだ」
と、宇都宮が、いらいらした口調でわめいた。
「早く撮れよ」
ヤスは、慌ててビデオを回し始めた。
「大きさから見て、それは、恐竜の子供の足跡のようだった」
と、宇都宮がいいかげんなことを言う。
「しかし、子供だとしても、想像される背丈は、優に四メートルを越えるだろう。その親が、どれほどの大きさになるかを考えると、戦慄を禁じ得ない。われわれは、まさに、伝説の『巨大な、堅い皮の悪魔』に遭遇しているのだ」
「ジャジャーン」
と、ヤスがつぶやき、ズーム機構を操作する。小道具のおかげで、実際の二倍の大きさを有することになった、『恐竜の子供の足跡』は、これで、画面いっぱいに拡大されているはずだ。
草上仁
1959年生まれ。1981年ハヤカワ・SFコンテスト佳作入賞。短篇『割れた甲冑』をSFマガジン1982年8月号に発表してデビュー。1989年に『くらげの日』、1997年に『ダイエットの方程式』で星雲賞日本短編部門受賞。1997年『東京開化えれきのからくり』でSFマガジン読者賞受賞。近年もSFマガジンに続々と作品を発表している。
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