連続殺人犯の女を立件できないその理由は?/“断続殺人事件”『5分間SF』④
公開日:2019/8/16
その名の通り、1話5分で読めるSFショートショート。思わずあっと驚く結末と、そしてじわりと心に余韻を残すお話が詰まっています。今回は収録されている16のお話のうち、3つを連載で紹介します。
断続殺人事件② ~時を遡って同じ相手を殺し続ける女。そう、何度も、何度も……。~
ようやく、時間犯罪検察局が乗り出して、彼女の行方を探した。
今回も、彼女は、逃げ回る努力を放棄していた。レンタカーはすぐに発見され、ユリエ・オノも、その中で発見された。
彼女は、二〇五六年の夏に護送され、裁判が再開された。
しかし、残念ながら、公判は維持できなかった。彼女が起訴されたのは、二〇五六年の殺人についてだ。ところが、被害者は、二〇五五年に殺されている。
裁判所前で、ユリエ・オノと並んで、マスコミのインタビューに応えた弁護士は言った。
「簡単な話、本件自体が、成立しないということです。一年前に死んでいる男を殺すのは不可能ですからね。検察は、起訴事実を全く立証できませんでした」
ユリエ・オノは、弁護士の横で、肩を竦めただけだった。
裁判は、無罪のまま結審した。控訴はなされなかった。
しかし、時間犯罪検察局はあきらめたわけではなかった。弁護士が目を離した隙に、ユリエ・オノを、誰も気がつかないような微罪で逮捕した。そのまま時間護送車で二〇五五年に移送し、当年冬の殺人犯として彼女を起訴した。
弁護士も負けてはいなかった。
知らせを聞いてただちに一年過去へ飛ぶと、起訴無効の申立書を提出した。ユリエ・オノによるシンジ・キクチ殺害事件は、すでに結審している。一事不再理の原則に照らして、起訴は無効というわけだった。
検察は、歯がみして悔しがったが、裁判所は弁護側の申し立てを認めた。
この頃になると、マスコミは、大騒ぎを始めていた。二回の殺人で、無罪になりおおせたタイム・トラベラーは、一躍メディアの人気者になった。
ユリエ・オノは、カメラの前で、ほがらかにインタビューに答えた。
「わたし、彼に言ってやったんです。何度も何度も殺してやるんだって」
女権拡張論者の団体が、ユリエ・オノに対する全面的支持を表明した。
この一件を教訓にして、法務省は、新しい法案を提出した。別時間軸で犯された複数の犯罪には、仮に被害者が共通であったとしても、一事不再理の原則を適用しないというものだ。
法案は成立したが、無論のこと、過去に遡っての適用はできない。だから、ユリエ・オノは、何も心配する必要はないはずだった。
が、彼女はまたやった。
一気に二〇三六年に遡ると、二十歳そこそこのシンジ・キクチを、地下鉄の線路に突き落としたのだ。
ユリエ・オノは、犯行を終えて、二〇五六年に戻ってきたところで、逮捕された。間抜けな検察官は、そのまま訴追手続きを進めてしまった。
当然のことながら、彼女はまた、釈放された。
「時効ですよ」
と、彼女はマスコミの取材に答えた。
「確かに、別時間軸の殺人には、一事不再理の原則を適用されません。でも、二〇五〇年に復活した殺人罪の時効は二十年で、事件から、ちょうどそれだけ経っています。起訴はもともと、不可能だったんです」
その時の間抜けな検察官が、ボウダ検事だった。
「お久しぶりですね、検事」
と、ユリエ・オノは言った。
ボウダ検事は、ちょっとためらった。しかし、偽装が剥がれてしまった以上、芝居を続けても、意味がない。
「いったい、奴に何をした?」
「何も」
と、連続殺人犯は答えた。
「ただ、ちょっと教えてあげていただけですよ。一年後に、何が起こるか。二十年後に、そして二十一年後に──」
連続殺人事件の特集記事。
ボウダ検事は、身を翻して、被害者の姿を探した。
穴のあいたジャケット姿の青年は、コーラを買うのも忘れて、展望台のほうにふらふらと歩いていく。手には、まだ雑誌を持ったままだ。
「やめろ」
検事は、叫びながら駆け出した。
しかし、間に合わなかった。
検事がようやくベンチに辿りついた時には、シンジ・キクチは展望台の手すりを掴んで、はるか下の高速道路めがけて身を躍らせていた。
検事は、一瞬だけ、目を閉じた。
急ブレーキの音がした。検事が再び目を開くと、血に染まった雑誌が、散り散りになりながら、ビル風に吹き飛ばされていくところだった。
「何てことを──」
検事は、手すりをきつく握りしめた。すぐ横に、人の気配を感じて振り向くと、ユリエ・オノが、並んで高速道路を見下ろしていた。
「まだ関係が壊れる前に、彼に聞いたことがあったんです。この年の春、将来のことが不安で、何をするのも面倒くさくて、ただ公園に通ってたんですって。毎日毎日、展望台から車の流れを見下ろして、いっそ、あの中に飛び込んだらどんなに楽だろうって──」
ボウダ検事は、唇を噛んだ。
「だから、将来どうなるか、教えてやったっていうのか。こうなることがわかっていて」
ユリエは、答えなかった。ビル風が髪を乱していて、表情を読み取ることもできない。
「未来の文献を、過去の人間に読ませるのは、違法だぞ」
「そうですね。でも、証拠は残ってるかしら」
検事は、殺人犯の顔を睨みつけた。
「いや、今度ばかりは、あんたもただではすまない。これは、自殺幇助だ。しかも、彼を追い込んだのは、あんた自身の犯罪だ」
ユリエは、興味なさそうに首を振った。
「因果関係がないでしょう。彼が自殺したのは、いったい何のため?」
「それは、この先、何度も殺されることがわかったからで──」
検事の声が、だんだん小さくなった。彼も、悟ったのだ。
被害者は、たった今、自殺してしまった。したがって、今後殺されることはあり得ない。殺人事件は、初めからなかったのだ。存在しない殺人事件を種に、被害者を追い詰めることはできない。因果律からみて、立件は不可能に近い。
ユリエは、手すりから手を離して、歯がみしているボウダ検事に背を向けた。
その背中に向かって、検事は声をかけた。
「なぜだ。なぜ、そんなに人を憎むことができる? 彼は、まだ、何もしていなかったじゃないか?」
「そうですね」
ユリエは、くるりと振り返った。
「彼は、まだ何もしないうちに死んでしまった。だからわたしは、時間犯罪者にも、殺人犯にもならずにすむ」
ボウダ検事は、痩せた女の、暗い瞳を見つめた。
そして、思った。
いや、あんたは、依然として犯罪者だ。
因果律は消えても、記憶は消えはしない。それに、憎しみも。
あんたは、また、やるだろう。
何度も、何度も。
草上仁
1959年生まれ。1981年ハヤカワ・SFコンテスト佳作入賞。短篇『割れた甲冑』をSFマガジン1982年8月号に発表してデビュー。1989年に『くらげの日』、1997年に『ダイエットの方程式』で星雲賞日本短編部門受賞。1997年『東京開化えれきのからくり』でSFマガジン読者賞受賞。近年もSFマガジンに続々と作品を発表している。
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