林真理子の強調力「カギカッコの中でお芝居をする。」/『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』②

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/20

文章力がなくても「バズる」文章は書ける。文芸オタクで書評ライターの三宅香帆さんが、村上春樹さん、林真理子さんなど著名人の文章を例に、「なぜこの文章が人を惹きつけるのか」を具体的に解説。ついつい読みたくなる文章のからくりがわかります!

『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(三宅香帆/サンクチュアリ出版)

耳慣れないのに、なぜか実際の会話よりもリアル!

 か、完璧っ。最初から終わりまで、こんなに完璧なコラムありますか。

 さすが林真理子大先生! 元祖&不動のコラム女王! ってこれは私が個人的に林真理子ファンだからっていうわけではなく、ほんっとにこの圧倒的な文章力に惚れ惚れしてるんですけど。おわかりになりますかこの文章の素晴らしさが!? えっ? それよりも私のテンションに引いてる!? 引かないで!

 まず書き出しからして、すごい。だって「私はこの年になってやっとわかったことがある。」ですよ。ここで、読み手は興味を持ってしまう。

 たとえばこれが「私はこの年になってわかった。」じゃ、ダメなんです。“やっと”わかったことがある、だからすごい。“やっと”は強調で、大げさに見せる表現として成立しています。といってもたとえば強調表現といったらすぐに“超”とか“鬼”とか“めちゃめちゃ”を多用する人は反省してください(私もよく使ってしまうんですが)。物静かな“やっと”という言葉が、読者の興味をぐーっと引き寄せるんですね。

 それから、話は「デキている」女の秘密に迫っていく、わけですが、この「デキている」もまた、カタカナによって「デキている」という言葉に目がいくはずです。「あの人とあの人は付き合っているらしい」じゃなくて、「あの人とあの人とは“デキて”いるらしい」じゃなきゃあ、ぱっと文字を目にしたときのインパクトがまるで違います。

 もう読み手の心を捕まえて絶対逃さない。その豪腕からは誰も逃れられない。が、しかし林真理子さんは、それだけではまだ勘弁してくれないのです。

〉「すっごくモテるんですって」
と水を向けても、
「ふ、ふ、ふ……」
 と笑うだけである。私はこの“ふ、ふ、ふ”がデキる女の鍵を握っているのではないかと思う。

 これです。会話文。

 会話文って、だいたい書くのも読むのも楽。疲れたときに小説なんか読むと、情景描写は頭に入ってこないけど、会話文だけは目で追える、なんてことありませんか? もともと会話文は「読みやすい」「読ませやすい」という特徴がある。

 その特徴を、林真理子さんは常人とは違う活かし方をするのです。

 最後のくだりを読むと、「ふ、ふ、ふ……」と微笑む美人が目に浮かびますよね。たしかに神秘的っぽい。宮沢りえさんとか小松菜奈さんとか、そんな感じのモテる女性っぽい。ほんと〜に会話文の使い方が、うまいっ。

 しかし、もしここに「」で囲まれた会話文がなければ、

〉すっごくモテるんですって、と水を向けても、ふふふ……と笑うだけである。

 読み手は一瞬で読み飛ばしてしまう。大事なところなのに、美人の印象をうまく結べず、読後感が薄いものになってしまいます。

 そもそも恋愛コラムが載るような女性ファッション誌って、みんなじっくりと文章を味わうという雰囲気じゃないでしょう(違ったらすみません!)。もちろん少なからず「林さんのコラムをいつも楽しみにしてる!」という読み手もいると思いますが、それでも目を皿にして、姿勢を正して、さあ! 読むぞ! と気合の入った人はいないはず(その雑誌の担当編集者さん以外は)。ほとんどの人は、美容院でカラーしたり、銀行で自分の番が呼び出されるのを待ったりしながら、ゆるーく、ぼやーっとページをめくっている。

 そんな読み手の首根っこをつかんで、「はーい、読んでねー!」と活字に注目させ、ああ面白いと胸をきゅんとさせる。それは、とっても難しいことです。その点、林真理子さんのコラムはまさに名人芸。文章の中で、大切なところ、注目してほしいところを強調したいとき、林真理子さんがよく使ってる「会話文」、一度使ってみてはどうでしょう?

耳で聞く言葉と、目で読む言葉は別物。

まとめてみた

1、感情をこめたいところを、説明的な台詞に換える。
人の恋愛話に異様に興奮したり、張り切って言いふらす女

「あの人とあの人とはデキているらしい」
という噂に異様に興奮したり、張り切って言いふらす女
※現実では「あの人とあの人とはデキているらしい」という会話をあまり聞かない。

2、書きたいことを、都合のいい台詞に換える。
どうせ聞いたところで、モテる女性は男性関係をあまり語りたがらない。

「すっごくモテるんですって」と水を向けても、

3、印象に残したいところを、印象的な台詞に換える。
笑ってごまかされるだけである。

「ふ、ふ、ふ……」
と笑うだけである。

第3回につづく

三宅香帆
文筆家、書評家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長