綿矢りさの簡潔力「語尾をぶった切る。」/『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』③
公開日:2019/8/21
文章力がなくても「バズる」文章は書ける。文芸オタクで書評ライターの三宅香帆さんが、村上春樹さん、林真理子さんなど著名人の文章を例に、「なぜこの文章が人を惹きつけるのか」を具体的に解説。ついつい読みたくなる文章のからくりがわかります!
押しが強い! けどそこがいい。
突然ですが、間違い探しです。
〉さかきちゃんは美人だ。でも亜美ちゃんはもっと美人なのだ。グリム童話「白雪姫」で継母の女王様は「女王様は美しい。でも白雪姫はもっと美しい」と魔法の鏡から衝撃の告白を受けて、鏡をぶち割った。しかし魔法の鏡に訊くまでもない。さかきちゃんは美人だ、でも亜美ちゃんはもっと美人なのだ。明白な事実なのである。
はい、どこが違うでしょうか?
そう、語尾!
伝わる内容はまったく同じなんですが、語尾だけを改悪してみたのです。
日本語は、「主語」と「述語」から成り立ちます。わたしは・ペンを・持っています。こんな文章にも主語と述語がある。だけど実際に喋り言葉では、主語や述語を省略することはよくありますよね。
「おかーさん、お茶」「今朝も天使な女子アナ」「めっちゃほしいやつな」「なにそれ面白すぎるんですけど」どれも文法的にはおかしいのだけれど、無駄がないから情報そのものは伝わりやすい。
この〝省略〞は、文章で使うことによって、一定の効果を生みます。
綿矢りささんは、現代の小説家の中でも飛び抜けて上手な文章を書く人だなあと思うのですが、なにがすごいか、一つだけ挙げるとすれば、1文字として、無駄な言葉が見当たらないことです。一文一文の脂肪が、極限まで削ぎ落とされている。
では、綿矢りささんの文章に存在しない「無駄」を足すとどうなるのか? それは、私たちが、ふだんぼんやりと使っている「〜だ」「〜なのだ」「〜です」「〜なのです」といった語尾なんです。
語尾って意外と削れるんです。削ってみて、語尾。ほら、可能な限り。考えるよりも、まずは実践。見習うべきは、綿矢りささんの例文!
一文を名詞で終える。むかし国語の時間に習った、おなじみ〝体言止め〞ですね。体言止めを使うことによって、イメージの残りやすい文章になります。
たとえば。
〉私が好きなものはアニメですね。それからパンケーキもそうです。仕事でいやなことがあっても、どちらかあれば元気になれます。
うーん、別に悪くはない文章です。でも話の要点が流れてしまい、印象に残りにくい感じがします。ならば、これを体言止めに変えてみたらどうでしょうか。
〉私が好きなものはアイドル。それからパンケーキ。いやなことがある仕事。でもどちらかあれば元気。
これはやりすぎかも。体言止めは、連発しすぎるのは危険。単調になるというか、ラップみたいな軽い印象になって、かえって読みにくくなるかもしれない。
〉私が好きなものはアイドル。それからパンケーキ。仕事でいやなことがあっても、どちらかあれば元気になれます。
これくらいだったらちょうどいい? 伝えたい内容が、素直に伝わってきませんか。文字量は少ないはずなんだけど、不思議と伝わる情報量が多いような気がします。これが体言止めの効果なんです。文章の中にある「アイドル」「パンケーキ」「元気」などの言葉がより際立って、イメージが広がりやすくなるんですね。
というわけで、もしも文章が長くなってしまって、「肝心の情報が伝わりにくいかな」と心配になったときは、一度、できる限り体言止めにしてみることをおすすめします。箇条書きみたいになり、いる情報といらない情報を頭の中ではなく、視覚的に整理しやすくなるはずです。
まとめてみた
1、まずは大人語で言葉にする。
亜美ちゃんが、さかきちゃんより美人だというのは、明白な事実である。
2、子どもっぽく、体言止めで言い換える。
亜美ちゃんは美人。さかきちゃんよりも美人。明白な事実。
3、子どもっぽい感情(マウント)で言い換える。
さかきちゃんは美人。でも亜美ちゃんはもっと美人。明白な事実。
文筆家、書評家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長