又吉直樹のかぶせ力「真面目」と「脱力」を組み合わせる。/『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』④
公開日:2019/8/22
文章力がなくても「バズる」文章は書ける。文芸オタクで書評ライターの三宅香帆さんが、村上春樹さん、林真理子さんなど著名人の文章を例に、「なぜこの文章が人を惹きつけるのか」を具体的に解説。ついつい読みたくなる文章のからくりがわかります!
ギャップがありすぎて、吹き出してしまう!
笑える文章を書ける人は、うらやましい。
くすっと笑っちゃったら、もっと続きが読みたくなるし、げらげら笑っちゃったら、書き手のことを絶対好きになっちゃうよ!
けどそのぶん、文章で人を笑わせることは難しい。文字を並べるだけで、どーしたら「おかしさ」を生み出すことができるのか、見当がつかない。
しかしそれでも挑戦したい! というわけで、この方から勉強してみました。言葉でも文章でも面白い、笑いの天才、又吉直樹さん。
又吉さんの文章が面白いのは、もちろんお笑い芸人としてのスキルによるものもあるでしょう。でもそれ以上に、文章のテンションが絶妙なんです。
なにが絶妙って、笑わせるぞ! という気合を「まったく見せない」ところ。
基本的に、ひとりでぼそぼそ喋っているようなテンション。読み手のことを意識しているのかどうかすらわからない。
でも、そのひとりごとをのぞき見する私たちは、笑いをこらえることができない。笑わせようとしていないのに、笑ってしまう。
例文を見てください。これは又吉さんが、太宰治の短編小説『親友交歓』を紹介する文章の一部です。彼は太宰治の大ファンなのだけど、ここではファンになった経緯を述べています。
で、例文は、ただの「私が太宰治を好きになった理由」を真面目に語るところです。なのに私、吹き出してしまいました、ほんとに。
ポイントはもちろん、ここです。
〉「ファーストキスが太宰の命日」
大人気のアイドルがリリースしても絶対に売れない曲のタイトル。
この文章のすごさをちょっと説明させてください。まず又吉さんは、“ファーストキス”という甘酸っぱい言葉と、“太宰治が死んだ日”という重い言葉が、重なっていることを述べています。読み手は「その組み合わせ、おかしい!」とつっこまざるをえません。
強面の人×ぬいぐるみ、ギャル×東大生、ごく普通のおばさん×美声の持ち主、など、私たちは「違和感のある組み合わせ」を見逃すことができません。「今日は何の日?」だなんて聞いてくる、昔の彼女との少しどきっとするエピソードのオチは、まさかの「ファーストキスの日なのに、自分が思い出したのは太宰の命日」というギャップ。
しかしこれだけではない。又吉さんの真価はここからです。
「ファーストキスが太宰の命日」というキラーフレーズの後に、もうひとひねり、「大人気のアイドルがリリースしても絶対に売れない曲のタイトル」と、違和感をさらに強調するのです。
ファーストキスと太宰治。さらにアイドル曲。このもう一歩の踏み込みで、私たちは負けてしまう。
たしかに大人気のアイドルは、「ファーストキスがなんとか」という曲を歌っていそうです。
わかる。だけど、それが「太宰の命日」だとしたら? 甘酸っぱい青春のワンシーンと、国語の教科書で見たあの白黒写真が、頭の中で一瞬重なって、混乱しまくる。そして笑ってしまう。
笑いってなんなんでしょうね。さすがに法則化することは難しそうですが、一つだけ言えるのは、「違和感」に人は面白みを感じるってこと。おかしさは、違和感から生まれる。違和感からツッコミが生まれ、ツッコミから笑いが生まれる。
だから決して笑うべきではない真面目な場面を設定し、そこに真面目な「違和感」が加わると、笑いが生まれやすい……ということかもしれません。
まとめてみた
1、真面目なテーマを思い出す。
太宰治の命日。
2、真面目なテーマと、ギャップのある出来事を思い出す。
生まれて初めてキスをした日。
3、組み合わせてみて、ツッコミを入れる。
「ファーストキスが太宰の命日」大人気のアイドルがリリースしても絶対売れない曲のタイトル。
文筆家、書評家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長