ぐっと相手をひきつける“すり抜け力” /『言葉は凝縮するほど、強くなる』②

暮らし

公開日:2019/8/27

『報道ステーション』を12年やって戻ってきたバラエティの世界。一気呵成のしゃべりは、今のテレビに向いていなかった。そう気づいた古舘伊知郎が、短い持ち時間の中で、いかに気の利いたこと、面白いこと、鋭いことを端的に言えるかを今一度考えた、日常にもビジネスにも使えるワンフレーズ集。その一部を紹介します。

『言葉は凝縮するほど、強くなる 短く話せる人になる!凝縮ワード』(古舘伊知郎/ワニブックス)

断定しないというテクニック

【NG WORD】 ウケますね!(上から目線)

「控えめに言って」は、ここ数年で一気に市民権を得た言い回しですよね。

 自分が一歩下がることで、相手を一段上げる。

 その上で、「最高です」と続けるため、最低限度の表現が「最高」になり、最高では言い尽くせない、「最高の中でも最上級」という、説明するとなんともややこしい表現になります。

 でも、このややこしさの中にこそ、「私なんかが言うのもなんですが」という謙遜と、「最&高です!」ばりの手放しの賞讃が凝縮されているのです。

 もちろん、相手を褒めたい「ここぞ!」というときに使っていただきたい凝縮ワードですが、実はこの短いフレーズの中には、もう一つ深い意味があるのです。

「控えめに言って」と先回りしているのです。

「最高!」と言い切る自信がないから、「控えめに言って」という鎧をつけてガチガチに身を守っている、と。

 たとえば、「この映画は最高です!」と言い切ってしまった場合、もしかしたら、「映画のことをそんなに知ってるわけ?」

「何をもってして最高なの?」

 などと後から突っ込まれるかもしれません。

 そんなとき便利なのが「控えめに言って」というパワーワード。

「もし、最高じゃなかったとしても、あとからいろいろ言わないでね。控えめに言ったに過ぎないんだから」

 また、曖昧にするテクニックでいうと、最近流行りの「かも」はそれに当たります。

 たとえば、「ここのココナッツミルクのカレー、おいしいんだよ。どう?」と言われて一口食べたものの、ココナッツミルクのカレーなんてほとんど食べたことがないし、おいしいかなんてよく分からない……。

 でも、「分からない」なんて言ったら、「そんなことも決められないのか」と思われそう。

「逃げやがって」とか思われるのもイヤだな。

「フツー」って言うのもなんだし……。

 そんなとき便利なのが、「おいしいかも~」です。

“かも”で霞をかければ、防御できます。

「確かに今日はココナッツミルクのカレーがおいしいって言ったけど、明日、チキンバターマサラのカレーに鞍替えしても文句は言わないで。だから、おいしい“かも”にしたんだから」

「これ好きかも~」「あ、似合うかも~」「カルガモかも~」

 なぜ、そうやって防御のフレーズを身に着けておかなければいけないのか。

 現代の情報化社会は、常に二者択一を迫られがちです。

 好きか嫌いか。おいしいかまずいか。正しいか間違っているか。

 そうした選択肢をつきつけられたときに、とっさの“すり抜けフレーズ”をストックしておくと安心です。

 言い切らない、といえば、ニュースを伝えるときもそうでした。

「犯行に使われた凶器はバールの〝ようなもの〟とみられています。同居していたは25歳の男性が、事情を知っているとみて、警察で事情を聴いているものとみられています」

 なぜ「バールです」と言い切らないのか。

 なぜ「〇〇とみられています」と何重にも防御するのか。

 答えは簡単です。

 バールではなく、鈍器だったときに誤報になるからです。

 あまりにも「バールのようなもの」が多いときは、

「犯行に使われた凶器は、カナヅチ以上ナタ未満」

 言い切らない。断定しない。それが、盾になるのです。

「おいしい“かも”」の本質

 余談ですが……すいません、僕は余談が多いのですが、「おいしい」と言い切れない気持ちは、分かります。

 同じレストランで同じメニューを食べても、誰と行くかによって味が違うと感じることってありますよね。

 苦手な上司と行けば10止まりだったおいしさが、好きな人と行けば10にも20にも膨らむ。大手企業のデータ改ざん、粉飾決算のごとく私たちの記憶は改ざんされまくっているものです。

「おいしい」は、環境にも大きく左右されます。

たとえば、気の置けない仲間と緑いっぱいの渓流に出かけたとき。

 ヤマメを釣って豚汁を作ったとき、いくつかの調味料を忘れて締まりのない味になったとしても、自然の中でマイナスイオンも吸い込んでいるせいか、「おいしい」と感じます。残った豚汁をタッパーに入れて、後日家でチンして食べたら、絶対、おいしくないですよ。

 つまり、「おいしい」は、信用できない。

 ゆえに、断定したら大変なことになる。

 誰もがその事実を体感として知っているからおいそれと「おいしい」なんて断定できない。だから、「おいしい“かも”」にしておけば間違いありません。

「優しい強迫」には「優しい返し」を

 今は効率化の時代です。

 渓流でヤマメを釣りに行こうとすれば、2日がかり。そんなのかったるいですよ。だから、「おいしいものを食べに行こう」と銀座あたりの高級なお店で済ませる。おいしくいただく努力の簡略化。人生のレトルト化です。

 これは、ブランド品を見ても明白です。

 自分に本当に似合うバッグを探していたら何年もかかってしまうから、エルメスのケリーを買って、「自分へのご褒美“かも”」と言うのです。エルメスのケリーなら迷わないで思考停止できる。それを人は、「ブランド」と呼ぶのです。

 贈答用のお菓子もそうです。忙しい現代で、一人ひとりに合うお菓子をいちいち探している時間はありませんから、ブランドの出番。

 たとえば、「空也(銀座の大人気店)の最中です」と低姿勢で渡しつつ、「空也の最中だよ。みんながおいしいって言うブランドだよ。分かっているよね?」

 と「優しい強迫」をしているのです。

 誤解のないように言っておきますけど、僕は空也の最中は好きですよ。

 一口サイズで食べやすいから、「控えめな甘さがいい“かも”」と言いながら、ペロリと2個ぐらい食べてしまいます。

 ただ、よくよく考えたら、僕はどれだけ最中が好きなのか? 「優しい強迫」に負けて、僕も自分を騙しているのかもしれません。

 でも、そんなところで反旗を翻す勇気はないから、今日も「おいしいものを食べに行こう」と馴染みのレストランに出かけ、「この料理、おいしい“かも”」と言って「控えめに言って、最高です」とシェフに声をかけ、相手から渡される空也の最中をありがたくちょうだいしているのです。

言葉をより相手に響かせるには?

「控えめに言って」は、決して悪者ではありません。

 使い方によっては、最高に相手に響くからです。

 たとえば、つき合っている人に、

「控えめに言って、好きです」

 と言われたら、かなりグッときませんか。

 このとき、より相手に響くコツは、言い方に強弱をつけることです。

 普通なら、一番強調したいのは「好きです」なので、「好き」を強めに言おうと思いますよね?

 でも、ここは、「外しの美学」を使います。

「控えめに言って」の方にアクセントを置いて、「好きです」は、あえて小さめに言ってみてください。

『その時歴史が動いた』『下町ロケット』など数々の素晴らしいナレーションが記憶に残る元NHK の松平定和アナウンサーは、「外しの美学」の達人です。

「『控えめに言って、あなたのことが好きです』とヨシエに向かって言ったイチロウは、あまりの照れくささに踵を返した」

 という一文があるとしたら、多くのアナウンサーは、最も伝えたい「好きです」を強調します。

 聞いている方も、オーソドックスだから安心感はあります。

 でも、松平さんの「外しの美学」を使うと、強調すべき箇所はここになります。

「『控えめに言って、あなたのことが好きです』とヨシエに向かって言ったイチロウは、あまりの照れくささに踵を返した

 本来、控えめに言えばいいところをあえて強調するのです。すると、聞いている側が「自発的に聞こう」と自らの補聴器をオンにする。

「え? 控えめに言って? 踵を返した? ここ、強調するところじゃないよね?」と、前後を漏らさず聞こうという意志が働くのです。

 これが、僕の思う「引き寄せの法則」です。

 何も願いごとをして叶えたりするだけが、「引き寄せの法則」じゃない。

 ですから、ここぞという場面で「控えめに言って、好きです」を使うときは、「控えめに言って」を強めに言ってみてください。

【POINT】 「控えめに言って」は控えめには言わない

<第3回に続く>

 

●プロフィール
古舘伊知郎
立教大学を卒業後、1977(昭和52)年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「古舘節」と形容されたプロレス実況は絶大な人気を誇り、フリーとなった後、F1などでもムーブメントを巻き起こし「実況=古舘」のイメージを確立する。一方、3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、司会者としても異彩を放ち、NHK+民法全局でレギュラー番組の看板を担った。その後、テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。