恩田陸の快速力「つなぎ言葉を隠す。」/『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』⑤

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/23

文章力がなくても「バズる」文章は書ける。文芸オタクで書評ライターの三宅香帆さんが、村上春樹さん、林真理子さんなど著名人の文章を例に、「なぜこの文章が人を惹きつけるのか」を具体的に解説。ついつい読みたくなる文章のからくりがわかります!

『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(三宅香帆/サンクチュアリ出版)

ここぞという部分が、はっきり伝わってくる。

 文章の中で、「接続詞」とはなかなかに悩ましい存在です。

 使い方一つで、文章全体を美しくまとめることもできる。一つ間違えれば文章全体を混乱させることもある。感覚的に使うわけにはいかない難物です。

 接続詞とはもちろん「だから」「しかし」「また」「そして」「なぜなら」など、文章を円滑に読ませるために欠かせないものですが、たとえばもし私が先生で、小学生に作文を指導することになれば、やっぱり「まずは接続詞をきちんと使いましょう」って指導すると思います。

「けさのてんきははれでした。“しかし”おひるからあめがふってきました。“だから”もっていたかさをさしました。“そして”かっぱをきました。“なぜなら”あめにぬれるといろいろこまるからです。“たとえば”ふくがよごれます。“また”かぜをひくこともあります。“ようするに”あめにぬれてかえるとおこられるのです。“とりわけ”おこるのはおかあさんです。“さて”どうでもいいはなしはこれくらいにしましょう。」

 という具合に、接続詞をしっかり書くと、すらすらと読みやすくなります。

 伝わりやすい文章を書こうと思ったら、一文一文に接続詞をあてがうのは基本中の基本です。

 しかし! 接続詞が多くなればなるほど、文章はだんだん“鈍くさく”なるんです。あえて、そういう効果を狙うならばいいけれど、上級者をめざすあなたには、こんな書き方もあることも知ってほしい。

 名文ですので内容も味わっていただきたいのはやまやまなのですが、ここでは文章そのものだけに注目してみてください。

 気づきましたか? 接続詞がたったこの一カ所しか使われていないんです。

〉しかし、読書が素晴らしいのはそこから先だ。

 これだけ長い文章を書いておきながら、接続詞がないって、どういうことなんでしょうか。いや、厳密に言うと「ない」わけではなく、「見えない」のです。

①読書とは、孤独の喜びだと思う。
②(なぜなら)限りなく能動的で、創造的な作業だからだ。
③(ただ)それは群れることに慣れた頭には少々つらい。
④(しかし)素晴らしいのはそこから先だ。
⑤(というのも)孤独であるということは、誰とでも出会える。ということなのだ。

 実際は、大体こんな流れになっています。そして書き手が一番伝えたいポイントはどこかというと、④の「しかし」の後です。〝読書は孤独〞だけど、それこそが〝素晴らしい〞と、そこに言葉の重心をおきたい。

 ④を一番目立たせるために、書き手は④の“しかし”以外の接続詞を、すべて隠してしまいました。接続詞たちが隠密行動をしている中、いきなり逆接の“しかし”が登場して驚きます。こうして、書き手の“しかし”以降のメッセージを、読み手に印象づけることに成功しています。

 林檎を食べた。桃も食べた。蜜柑も少し食べた。しかし、葡萄は食べなかった。

 こんな、まったく意味のない文でも、「え? なんで? 葡萄どうした!?」って気になりませんか。

「そして、葡萄は後にとっておいた」でも「だから、葡萄は残した」でも同じことですが、とにかく接続詞の使用を我慢して、ここぞというときに使うと、読み手に強く印象づけることができます。

 もちろん(接続詞がなかったとしても、文意がきちんと通るか?)という視点は必要です。

 見えているにしても、隠れているにしても、文章と文章の間には「接続詞が存在すべき」場合が多いからです。

 特に「しかし」「でも」「だが」のような逆接は削ると意味不明になりやすい。

 その点に気をつけながら、削っても意味が通じる接続詞は断捨離気分で削ってみましょう。さっぱりしますよ!

スピードを出すほど、ブレーキの衝撃が大きい。

まとめてみた

1、接続詞は省略することができる。
私は文芸オタクだ。だから、本が好きだ。
私は文芸オタクだ。そして、アイドルオタクでもある。
私は文芸オタクだ。一方で、パクチーの研究もしている。
私は文芸オタクだ。なぜなら、本屋で生まれたからである。
私は文芸オタクだ。ただし、小説に限ったことだが。

私は文芸オタクだ。本が好きだ。
私は文芸オタクだ。アイドルオタクでもある。
私は文芸オタクだ。パクチーの研究もしている。
私は文芸オタクだ。本屋で生まれたからである。
私は文芸オタクだ。小説に限ったことだが。

2、しかし「逆接」だけは省略できない。
私は文芸オタクだ。しかし、あまり本は読まない。

私は文芸オタクだ。あまり本は読まない。←わけがわからなくなる!

3、「逆接」の後に、個性を発揮する。
私は文芸オタクだ。本が好きだ。しかし、あまり本は読まない。

続きは本書でお楽しみください。

三宅香帆
文筆家、書評家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長