気持ちにそっと寄り添う“煮こごり力”/『言葉は凝縮するほど、強くなる』⑥
公開日:2019/8/31
『報道ステーション』を12年やって戻ってきたバラエティの世界。一気呵成のしゃべりは、今のテレビに向いていなかった。そう気づいた古舘伊知郎が、短い持ち時間の中で、いかに気の利いたこと、面白いこと、鋭いことを端的に言えるかを今一度考えた、日常にもビジネスにも使えるワンフレーズ集。その一部を紹介します。
インフレ化した「感動した」の置き換え
【NG WORD】 感動しました!
誰かと映画を観に行って、期待以上で大満足だったとき、相手にその感想をどんなふうに伝えますか?
面白かったときほど、「面白かった!」。
感動したときほど、「感動した~!」。
案外、ストレートな短い感想しか出てこなくて、もどかしい思いをしたことのある人は多いのではないでしょうか。
もちろん、後づけはいくらでもできます。
「感動した! 主人公が最後、母親と再会したときの表情。切なさと愛しさが入り混じっていたね。あの人、子役のときから演技してきただけあるよね」
相手とコミュニケーションを図ろうとすると、感想ひとつ言うときも、こんなふうに気の利いたことを言わなければ「ボキャ貧(ボキャブラリー貧相)なヤツ」認定されてしまいそうです。
「面白いね!」だけじゃ、「面白くないヤツ」と思われてしまう。何か言わなければと焦ります。
コミュニケーションを、「コミュニケーション能力」と捉え、まるでスキルか何かのように習得しなければならないものだと思っている人は多いです。
だから半ば、強迫観念のように、上手い表現や少しでも知的な表現を探してしまいます。でも本来、コミュニケーションは「伝え合う」ものです。
だから、「感動したよ」でも、相手に伝わればそれでいいのです。
ただ、「感動した」という言葉は、あまりにも使われ過ぎて手あかがついた印象がぬぐえません。
短い言葉で伝えるなら、さすがにもうちょっと違う表現に置き換えたい。インフレ化した言葉からは卒業したい。
そう思う人は、代替の一言を自分なりに考えておくと便利です。
感動したときほど、低いトーンで伝える
実は僕は、自分のことを「ボキャ貧だなぁ」と思っていて、それが顕著に現れるのが、知っている俳優さんのお芝居や映画を観に行ったときです。
舞台や映画が終わったあとで、本人や監督の楽屋にお邪魔して感想を言う機会があるのですが、「本当に感動しました」「最高でした」「本当に面白かったです」ぐらいしか出てこないんです。
僕の前に並んでいた人も、「いやあ、泣けたわ」「感動したわ~」と言っています。僕は、曲りなりにもしゃべり手のプロなのに、前の人となんら変わらないことしか言えないのです。
もしも長尺しゃべっていいなら、実況中継さながらに、あの幕間において、どんな気持ちになったのか延々と言うことはできます。でも、自分のあとにも挨拶する人が何人も控えていますから、端的な感想しか求められていないわけです。そうなると、結局は、面白い、感動、最高ぐらいしか出てきません。
でも、あるとき思ったんですね。「感動した」というインフレ言葉をいつまでも使うのは、映画の宣伝で「全米が泣いた」を使い続けるようなものだ。もうイヤだ! いい加減やめよう! と。
そこで「感動」に変わる言葉を探して、「感服」に落ち着きました。
「感動」……ある物事に深い感銘を受けて、強く心を動かされること。
「感服」……深く感心して、尊敬・尊重の気持ちを抱くこと。
感動よりも、相手への尊敬の気持ちや、心が動かされて感動したというニュアンスが出るなと思ったからです。
とはいえ、新たな言葉に置き換えても、普通に「いや~、感服しました」と伝えるだけでは、せっかくの言葉の魅力が半減します。ここは、伝え方に一工夫したいところです。
芝居が終わり、俳優さんの楽屋にお邪魔したら、相手の目をスッと見て、間を置きます。
間を置く。ただそれだけのことですが、普段、間を置かずに話す人の方が圧倒的に多いので、「何か、とても大事なことを言い出しそうだ」と思ってもらえます。
一間。二間。そして、ここが肝心なところですが、静かな抑えたトーンで、
「……感服しました」 と言います。
「感動」したときは、どれだけそれを大げさに表現できるかを競うようなところがありますよね。
身振り手振りも大げさに、はちきれんばかりの表情で「感動したよ~!!」と大声で伝えますが、だからこそ、あえて、ちょっと寝かせて、グッと抑えて、「感服」の一言に凝縮させて伝えるのです。
間を置くことで、言葉を固め、ゼラチン状にする。
言葉を煮こごり化するのです。
意表を突くから、相手の印象にも残りやすくなります。
あるいは、「最高でした」の置き換えとして、やはり一間、二間置いてから、声を落として消え入るぐらいの調子で、
「……言葉ないっす」
と言うこともあります。言葉、ありますけどね。
【POINT】 間を置いたあとの凝縮ワードは、相手に響く
古舘伊知郎
立教大学を卒業後、1977(昭和52)年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「古舘節」と形容されたプロレス実況は絶大な人気を誇り、フリーとなった後、F1などでもムーブメントを巻き起こし「実況=古舘」のイメージを確立する。一方、3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、司会者としても異彩を放ち、NHK+民法全局でレギュラー番組の看板を担った。その後、テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。