不良やパリピも近寄らない不気味な同級生がうしろの席に…! 男子高校生の日常が狂おしいほど愛おしい『夢中さ、きみに。』
公開日:2019/8/23
何だか懐かしくて胸がいっぱいになる。丁寧に美しく描かれている絵柄を、1コマ1コマ、マジマジと見てしまうので、読むのにやたら時間がかかる。だが、登場人物たちのセンス抜群の会話のやりとりと、秀逸な笑いが最高で、読み終えるのが非常に惜しい…! 本書の発売日にTwitterで内容の一部が公開され、10万RTを超えたことでも話題になった、和山やまさんの『夢中さ、きみに。』(KADOKAWA)は、数多の魅力が凝縮されているマンガである。
本書は、WEBで話題になった「うしろの二階堂」シリーズの他、前半の4編は、Twitterアカウント名「仮釈放」さんこと、不可思議な魅力満載の男子高校生・林くんの日常が描かれている。
この林くんという男、神秘的な目をした大人しそうな人物なのだが、独自の考え方や他者へのさりげない優しさが実に魅力的な人物なのだ。例えば、第1話「かわいい人」は、彼が授業中に「クマと遭遇したら」という本を読んでいるシーンから幕を開ける。仲の良い友人に「東京生まれ東京育ちでぬくぬく生きてるお前がいつどこでクマに出会うんだよ」と突っ込まれても「さぁ…玄関あけたらいるかもしれない」と真面目に返事をする。また、学校の階段が全部で何段あるのかを数えたり、美術の時間に使う「キャンバス」(しかも他人のもの)で干し芋を作ったり、一見無駄と思われる行為を愛する男なのだ。
「心に余裕があるうちは意味のないことをしていたいんだ きっと今しかできないじゃない」
と穏やかに話す林くん。
そんな彼は、「クマなんかいない」と言った友人に、驚きのサプライズを仕掛けるのだが…!?
林くんは、Twitterで出会った読書好きの女の子や、不良からパシられている山田くんなど、普段から周囲の人間をよく観察している。そして、絶妙なタイミングと方法で、彼らを救い、温和な雰囲気を作りだす。気がつけば、そんな彼に夢中になり、熱に浮かされたかのごとく、本書を読んでいる自分がいた。
また、後編の「うしろの二階堂」シリーズは、猫背でいつも下を向いており、不気味なオーラをまとっているため、周囲から距離を置かれている二階堂と、席替えをして彼の前の席に座ることになった目高、2人の男子高校生の狂おしいほど愛おしい関係性が描かれているマンガだ。
実は二階堂は、深刻な理由があって、わざと変人ぶっているのだが、偶然にもその事実を知った目高が、「二階堂の笑顔がみたい」と、ほんの少し友達以上の感情を持って歩みよっていく姿に、心が震えっぱなしだった。
1冊を通して描かれているのは、何の変哲もない男子高校生の日常だ。しかしその中に、心の柔らかな部分に触れる、見過ごせないシーンがたくさんあった。本書を読み進めると、もしかしたら、私たちの生活にも、林くんのようなマイペースのお調子者や、大切な人の笑顔を守りたい目高、過去のトラウマゆえに変人を演じる二階堂は存在するのではとワクワクしてくる。そして、人の心の機微に敏感でいたいとも思わされる。また、本書は注意深く読んでいると、さまざまな箇所に、ニヤリと笑ってしまう仕掛けが描かれていることにも気づくはず。ぜひ繰り返し読んで、心をたくさん揺り動かしてみてほしい。
文=さゆ