夜しか開かない精神科診療所。風俗嬢やニートが駆け込むクリニックの人間模様

社会

公開日:2019/8/28

『夜しか開かない精神科診療所』(片上徹也/河出書房新社)

 大阪ミナミは言わずと知れた、関西随一の繁華街。昼夜問わず、多くの人々が行きかっている。そんな町の一角にある一風変わった精神科診療所「アウルクリニック」が、今メディアから熱い注目を浴びている。

 夜に活動するフクロウ(OWL)にちなんで名づけられたアウルクリニックには、会社員だけでなくニート、風俗嬢などさまざまな職業や境遇の人たちが駆け込んでくる。『夜しか開かない精神科診療所』(片上徹也/河出書房新社)は、そんなアウルクリニックで院長を務める若き精神科医・片上さんの熱い思いと患者の記録をまとめた1冊だ。

 今から7年ほど前にくも膜下出血で倒れ、左半身に麻痺と注意障害のある片上さんは、自身が病気になったことが医師としての財産だと考え、障害を抱える精神科医として自分にしかできない診療をと考え、2014年に大阪ミナミのアメリカ村にアウルクリニックを開院した。ちなみに、片上さんには兵庫県加古市にある精神科病院・加古川病院の常勤医師という、もうひとつの顔もある。

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■夜に次々と訪れる患者たちの境遇は――

 19時の開院に合わせてアウルクリニックを訪れる患者たちの悩みは、どれも深刻なものばかりだ。ハッテン場に行き続け適応障害を発症したという既婚バイセクシャルの男性や、ストレスから盗撮事件を引き起こしてしまったという大企業勤務の課長、美容整形と過食による嘔吐が止められない醜形恐怖症の女性など、さまざまな事情に苦しむ人たちが、毎夜診察室でさまざまな悩みを打ち明ける――。

 そういった切実な悩みを抱える患者たちを診療する中で片上さんが大切にしているのは、“笑ってもらうこと”。精神科の治療と笑いはイメージ的にはあまり結びつかないかもしれないが、「笑えた」という体験は、患者にとっての自信に必ず繋がっていくのだという。

 精神科治療はどうしても暗くなりがちだ。だからこそ、クリニックのスタッフとある意味部活のようなノリで絆を深めながら、明るい病院作りを行っているという。

 アメリカ村を開院場所に選んだのも、若者文化の中心地ならば若い人たちが気軽に来院しやすく、症状の早期に関わることで治るきっかけを早めることができると考えたからだ。また、あえて目立たない雑居ビルの中で診療を行っているのは、精神科クリニックへ足を運ぶという心理的ハードルを下げるためだという。

■「もっと気楽に通院すること」が求められている

 現代社会を生きる日本人には、休む暇がなかなかない。たとえ体調が悪くても周りに気を使って日中に通院ができなかったり、そもそも病院に行く時間や余裕がなかったりして、“診療難民”になってしまうことも多い。特に、精神科への通院は周囲の人に知られたくないものだ。死にたいほど苦しんでいる心を、なんとか持ちこたえているという人も少なくない。だからこそ、仕事が終わってから人目を気にせず、じっくりと話に耳を傾けてくれるクリニックがあれば、絶望の淵の手前で踏みとどまることができるようになるのだ。

 ストレス社会と言われて久しい今の日本では、約15人に1人が一生のうちに一度は心の病にかかると言われており、発症の低年齢化も問題視されている。誰がいつ、どんなきっかけで心のバランスを崩してしまってもおかしくない時代だ。そんな時代を生きる私たちに、片上さんはこんな言葉を投げかける。

“人間は誰しも同じように悩むし、同じように風邪もひきます。何も特別なことはありません。心に風邪をひいたからといって、何も恥ずかしいことはないのです。”

 片上さんはアウルクリニックを居心地の良いカフェのように、誰もが気軽に足を運べる「心の置き場所」にしたいと考えている。人生を諦めてしまおうかと悩む前に、もう少し何かにすがってみようと希望を持てる場所がここにある。

文=古川諭香