西島秀俊「アドリブで返すのも必死」撮影中に10回以上反省会…! 映画『任俠学園』今野敏&西島秀俊インタビュー
更新日:2020/2/3
警察小説の旗手である今野敏さんが、「ヤクザだからこそ一番インパクトを与えられる話がある」と書きはじめた「任俠」シリーズ。累計45万部となった既刊4冊の中でも根強い人気の『任俠学園』が、西島秀俊&西田敏行のダブル主演で映画化され、間もなく公開される。今野さんはこの作品をどう観たのか? シリーズの魅力とあわせて紹介する。
『任俠学園』
9月27日公開
監督:木村ひさし 出演:西島秀俊、西田敏行、伊藤淳史、葵 わかな、葉山奨之、池田鉄洋、佐野和真、前田航基、桜井日奈子 ほか 原作:今野 敏『任俠学園』(中公文庫) 製作幹事・配給:エイベックス・ピクチャーズ
「任俠」シリーズの主役は、地元を愛する弱小ヤクザ「阿岐本組」。親分は、社会奉仕と世直しが生きがいで、世間のルールを守り、カタギには手を出さないのがモットーの阿岐本雄蔵だ。その右腕は、親分の気まぐれやアクの強い組員たちに振り回されながら揉め事の解決に奔走する日村。
来る者こばまず、頼まれたら断らずの親分率いる阿岐本組は、これまで経営難に陥った出版社、学校、病院、銭湯の再建を果たしてきた。その過程で浮かんできたのは、カタギの人間たちの裏表と理不尽な社会の現実。また、義理人情や家族・師弟の絆といった“日本人の心”を忘れた者たちの喪失感である。
なかでも今回、映画化された『任俠学園』は、枯れ果てた花壇も割れた窓ガラスも見て見ぬ振りの教師と問題児ばかりの、借金まみれの高校が舞台だ。再建するにも手のつけようがなく途方に暮れる日村を演じるのは西島秀俊さん、強面で凄みたっぷりの親分を熱演するのは西田敏行さん。この凸凹コンビと若い衆が繰り広げる爆笑シーンもさることながら、学校一の問題児ちひろ(葵わかな)やワケあり優等生の美咲(桜井日奈子)たちに翻弄されながらも対峙する、真面目で不器用な日村の奮闘も見どころだ。
たとえば、「最低限の仕事はしています!」と言い放つ校長に、「最低限!? 最高の仕事をしてください!」と詰め寄る一方で、美咲からは「落とし前、しっかりつけてもらうから!」と脅される始末。親分と子分の間でも板挟みになる中間管理職のような日村の悲哀に、共感する人も多いだろう。
はたして、阿岐本組はどう落とし前をつけるのか? 「任俠学園」ならぬ「人情学園」の泣き笑い必至の顚末は、ぜひ劇場で。
原作者・今野敏インタビュー
今野 敏
こんの・びん●1955年、北海道生まれ。上智大学在学中の78年、『怪物が街にやってくる』で問題小説新人賞受賞。レコード会社勤務を経て執筆に専念し、2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年に『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞をW受賞。17年に「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞受賞。映像化作品も多い。
「映画化なんて本当に実現するの? とずっと思っていました」
今野さんがそう語るのは、『任俠学園』の主人公がヤクザだからだ。映画化の話が浮上したのは数年前。しかし、暴力団対策法や暴力団排除条例が施行された影響で、大手映画配給会社は軒並みNGだったという。
「映画化が決まったのは、出てくるヤクザが全員善人で真面目だからでしょうね。世の中の風向きも変わってきて、ガチガチのコンプライアンスに対する揺り戻しが来ているような気がします」
映画化の実感が湧いたのは、撮影現場を見学した時だった。
「西田敏行さんは原作よりだいぶ怖い親分で迫力ありました。日村役の西島秀俊さんはどんなに怖い顔をしても人の良さが滲み出るので、2人のキャラがいい具合にミックスされたコラボレーションがすごく面白かったですね」
令和の新時代に、昔気質の人間たちの物語が映画化されることに、映画スタッフもキャストも深い思い入れを抱いている。西田さんは、「『お互いを愛し合い、見つめ合い、そして理解し合う』というある種の一本筋を通すという“任俠道”は、万国共通の人々が幸せになるための一本の道」とコメント。これは今野さんの思いと同じだ。
面倒でも人と関わること。そして、一本筋を通すこと
「善悪の基準は人によって違いますが、一本筋が通っていることが大事です。人間関係もそうで、誰でも人と関わるのは面倒くさいんですよ。でも、だからといって関わらなければ孤独感が増すのは当たり前です。面倒でも人と関わって筋を通すことで見えてくるものがある。公共性も大切で、人が集まる場所でどういう振る舞いをするべきか、恥を知ることを、我々はきちんと教わってきました。でもそういうことは、先生や警察官が言ってもダメなんです。誰が言うとインパクトがあるか考えると、ヤクザだろうと。説教が説教臭く聞こえませんから。『任俠学園』では特に、自分を受け入れてくれる人はいるのか?自分は誰かを許せるのか? といった人と人との関わりの重要性が描かれているので、若い世代にも観てほしいです」
SNSでは炎上騒ぎが相次ぎ、ハラスメントやコンプライアンスを気にして、言いたいことも自由に言えなくなっている昨今。この作品を観て気持ちが晴れるのは、息が詰まるような世の中の空気から一瞬だけでも解放されるからかもしれない。
「こんなヤクザはいませんけど、ファンタジーですから。ファンタジーの世界のリアリティを保証するつもりで書き続けています」
5作目となる「任俠シネマ」も読売新聞オンラインで連載中だ。
「映画館に行くこと自体がハレとケの〝ハレ〟でお祭りなんです。タブレットでコンテンツを見るのとは別なので、ひとつの映画を大勢で楽しむ劇場の空気感こそ新鮮に感じる世代も出てくるかもしれない。孤立した文化もピークを過ぎた感があるから、劇場映画が再評価される時代がくると思いますね」
主演・西島秀俊インタビュー
不器用で生真面目で頼まれたら断れない。親分に振り回され部下には気を遣い、気の休まる暇もない。そんな気苦労の多い日村役を演じた西島秀俊さんは、映画『任俠学園』の撮影現場で原作以上に無茶振りされたそうだが、「今までにないほど楽しい現場でした」と語る。その理由とは?
西島秀俊
にしじま・ひでとし●1971年、東京都生まれ。94年、『居酒屋ゆうれい』で映画デビュー。99年、『ニンゲン合格』で第9回日本映画プロフェッショナル大賞・主演男優賞受賞。近年の主な映画出演作は、2017年『ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜』、18年『散り椿』、『人魚の眠る家』、19年『空母いぶき』、テレビドラマは19年『名探偵・明智小五郎』、『きのう何食べた?』など。
前代未聞のアドリブ合戦!? コメディほど真剣勝負で
「最初に、『任俠学園』の日村役のオファーをいただいた時は、自分にヤクザの役なんてできるのかな? と思ったんです。でも原作を読んだら、日村はヤクザのイメージとは180度違うキャラクターで、だから僕がキャスティングされたのかなと腑に落ちました」
真面目で不器用で心配性で、シートベルトもちゃんとするし、ご飯も残さず食べる。そんな日村を演じる西島さんは、一生懸命なのに空回りするところさえ自然体で演技しているように見える。
「上に逆らえず下にも気を遣って右往左往する中間管理職の気持ちにも、年齢的に共感できるところは多かったですね。いざ撮影に入ると、日村以上にバカバカしいことを真剣にやっている自分がいましたけれど(笑)」
そんな現場をリードしていたのは、ニコニコしながら無茶苦茶なことを「やってくれる?」とさらりと言ってのける木村ひさし監督。そして、阿岐本組組長役の西田敏行さん。崩壊した学校の“事なかれ主義”の校長役・生瀬勝久さんなど。台本にない怒濤のアドリブ合戦も多く、一瞬たりとも気が抜けなかったという。
「木村監督は、『西田さんの真似してくれる?』とかいう無茶振りも多くて(笑)。西田さんと生瀬さんとの丁丁発止のやりとりの中で、時々、僕にも流れ弾が飛んでくることもあって、それをアドリブで返すのも必死でした。学校の立て直しに乗り出す親分役の西田さんが、問題児やその親に話をするシーンも、アドリブでものすごく説得力が増したのでびっくりして。後でその生徒役に『まだ改心したらダメだぞ! ここで言うことを聞いたら映画が終わっちゃうからな』と言い聞かせたほどです。生瀬さんは、何でもないシーンの演技が天才的なので、『え! ここで泣くの?』と思いながらつい吹き出してしまったり。笑っていいのか感動していいのかわからない、不思議な感覚に襲われたこともありました。結局、使われなかったアドリブも多いんですが、なんでこんなことまでやってるんだ?と思うくらい、コメディほど真剣にやらないと面白くならないんだろうなと思いました。そういう意味ではすごく勉強になりましたね」
キャストそれぞれの名演技がぶつかり合い、木村組ならではの新たな『任俠学園』が作られていったのは、原作の魅力も大きいのだろう。コミュニケーションはSNS中心となり、人と正面切って向き合うことが少なくなった今。義理人情で厄介な難題を解決していく阿岐本組の古き良き価値観と、バカがつくほど一本気な暑苦しさは、演じる者たちのやる気と団結力も高めていったようだ。
撮影中に10回以上反省会 キャストも本気度全開
「堅気の人間でも、面倒なことは見て見ぬ振りして、自分に都合良くいろいろ誤魔化しながら生きている人もいると思います。でもこの映画に出てくる、一見、時代錯誤と思われるような熱い人たちこそ、人の心に寄り添って解決すべき問題にちゃんと向き合っていて、すごく魅力的だなぁと思うんですね。ファンタジーなので、実際にこんなヤクザいるわけない! という突っ込みもあるかもしれませんが、演じるほうはみんな本気でした。人間関係が希薄な時代に、モヤモヤした思いを抱えている人が、観た後にスカッとする作品にしたい。その一心で取り組んでいました」
世の中、面倒なことは多いが、人間関係ほど面倒なことはない。特に思春期の不安定な子どもたちの問題となればなおのこと。その渦中に堂々と踏み込み、体当たりで難題を解決していく阿岐本組の有志の姿は確かに痛快で、閉塞感漂う今の時代だからこそ新鮮に映る。
「信頼できる人も居場所もない高校生たちとつながりたければ、こっちも本気にならないとダメですよね。それを嘘がないようにリアルに演じられるのか? ということを、みんな一生懸命考えながら演じていました。その気持ちを共有しているだけに、胸がジーンと熱くなるシーンも多かった。現場が終わった後の反省会も10回以上はやって、あのアドリブにこんな風に返したんですけど、どう思いましたか? とか、演技について意見交換することもありました。そこまでチームワークを高めることができたのは、きっと阿岐本組の情熱に感化されたおかげだと思います。居酒屋での反省会に西田さんも来てくれて、夜中まで付き合ってくださった時は、申し訳ないと思いつつもありがたかったです。演じている僕ら自身も、青春映画だなぁと思いながらやっていました(笑)」
人と人とがつながり合うことの意味を再確認できたというこの作品には、西島さんも特別な思い入れを抱いているという。
「想定外のアドリブのキャッチボール、密度の濃いチームプレーなど、いろいろ新しい経験をさせてもらった作品でした。それに何よりキャラクターが魅力的です。阿岐本組長みたいに人を助けることは、一番大変で労力も使うのに、自分には何のメリットもないんですよね。それでも困った人を助けずにはいられないし、良いことも悪いことも全部背負うことをいとわない。そういう人と人の向き合い方は見ていて本当に気持ちがいいし、自分も頑張ろうという気になります。この作品と出会ったことで、僕も今まで以上に挑戦していきたいと思えるエネルギーをもらえました。観てくださった方にもそういう風に感じてもらえたら嬉しいですね」
エンドロールには続編を思わせる一コマも。人気シリーズの映画化が続くことを期待したい。
「任俠」シリーズ好評既刊
取材・文=樺山美夏 写真=江森康之 ヘアメイク=市川温子 スタイリング=カワサキタカフミ