“普通の人”が突然モンスタークレーマー化! 増加する「カスハラ」は、日本の過剰なサービス精神が元凶?
更新日:2019/9/4
「カスハラ」という言葉を知っているだろうか? 「カスタマーハラスメント」の略語で、サービスを提供する企業や団体が客から罵声を浴びせられ、時には暴力を振るわれるなどの常軌を逸したクレームや迷惑行為を受けることをいう。以前、コンビニ店員が土下座させられるネット動画が問題となったが、そうしたエスカレートしたクレーム行為を指す。
実はこのカスハラ、ここのところ看過できないほどに増加中なのだという。しかもカスハラ被害によって、仕事を辞めたり心を病んだりするなど精神的に追い込まれてしまう人が少なくないというのだから大問題だ。
一体なぜ、そんな事態になってしまったのか。「NHKクローズアップ現代+」取材班による『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』(文藝春秋)は、そんなカスハラのリアルな実態に迫る一冊。番組の取材を通じてカスハラした側・された側の双方の実像を描き出し、さらにそのメカニズムや対処法を専門家に問うことで、問題解決への糸口を模索する最前線の報告書だ。
驚くことにこのカスハラは決して特殊な人がやっているのではなく、むしろ普通の人が些細なことで突然モンスタークレーマーと化すことが多いのだという。本書にはスーパーやコンビニ、介護現場やタクシーなどのサービス業を中心とした被害の実態がレポートされているが、たとえばあなたにも、お店のレジが混雑していて「遅いな…」とイラッとした経験はないだろうか? それがエスカレートして、思わず店員に舌打ちしたり暴言を吐いたりして八つ当たりすれば、それはもう立派なカスハラとなる。つまり何かのきっかけで、あなただってクレーマーにならないとは限らない。だからこそ、本書でカスハラの実態を客観的に知っておくことは、自分がモンスター化しないための心理的な歯止めになるかもしれない。
それにしてもなぜ、近年悪質クレーマーが増加傾向にあるのか。それには「日本の過剰なサービス精神が過剰な期待を生み出し、クレームの元を作る」というメカニズムがあると多くの専門家が指摘する。たとえば宅配便の時間指定は優れたサービスだが、逆に少しでも遅れたら不満につながることもあるだろう。同業他社との差別化はサービス競争を生むが、日本企業の多くはできることとできないことの線引きを明確にせず、毅然とした対応をとる習慣をつけてこなかったために、そこから過剰サービスが常態化。それが顧客の期待を高くしてしまい結果的にクレームを生みやすくなるという悪循環に陥ってしまっているという。一方、所得の伸び悩みと将来への不安に対する人々のイライラが立場の弱い人に向きやすいという分析もあり、背景に現在の日本が直面する社会不安があるのも間違いない。
では、もし自分がカスハラに逢う立場だったらどうすればいいのだろう。たとえば「D言葉をS言葉に変えよ」というテクニックは日常生活でも応用範囲が広そうだ。具体的には、上から目線に見える「ですから」を「失礼いたしました」に、逃げ腰の「だって」を「さようでございますか」に、反抗的に聞こえる「でも」を「すみません」に言い換えるというもの。咄嗟の言葉の選び方一つでも相手をかえって怒らせることもあり、自己防衛のおまじない的に覚えておくのもよさそうだ。なお、本書にはこの他にも多くの対処法が紹介されているので、悩んでいる方はぜひ参考にしてほしい。
いずれにしても、こうしたカスハラの横行する社会は決して気持ちのいいものではない。人が共生するための基本である「相手の立場を思いやる」という大事な感覚を忘れていやしないか、あらためて一人一人が考えるきっかけになりそうな一冊だ。
文=荒井理恵