最大の問題作、待望の続刊! JKビジネスで派遣された女子高生が次々音信不通に…/ 松岡圭祐『高校事変 II』①
更新日:2019/9/7
超ベストセラー作家が放つバイオレンス文学シリーズ第2弾! 新たな場所で高校生活を送るダークヒロイン・優莉結衣が日本社会の「闇」と再び対峙する…!
学校つていやなところさ。だけど、いやだいやだと思ひながら通ふところに、学生々活の尊さがあるんぢやないのかね。パラドツクスみたいだけど、学校は憎まれるための存在なんだ。
太宰治「正義と微笑」より
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日本の男はみな女子高生が好きだときかされたのは、もう十年ぐらい前のことだったか。中高年になっても年甲斐もなく、趣味が変わらないらしい。自分に当てはめてみれば、納得がいく話だと思った。四十二歳のいまも女子高生に欲情する。ただ世間もそうだからといって、商売のほうも順調とはかぎらない。規制は厳しくなる一方だ。
城山譲二はタバコの煙をくゆらせていた。小遣いほしさに売春に手をだす女子高生は大勢いたものの、出会い系サイトは当時、すでに警察がマークしていた。売春の仲介業務なら稼げそうだ、直感的にそう決断した。
ただし窓口になる店舗経営には工夫が求められる。リフレ、すなわち足裏マッサージ業務であれば、風俗店や飲食店とちがい届け出が不要だった。本当のマッサージのように、従業員が国家資格を有する義務もない。ほどなく制服姿の女子高生に接客させる店が林立していった。むろんリフレは表向きで、客に裏オプを持ちかける段取りだった。
城山もさっそく模倣し、秋葉原の路地裏に小さなテナントを借り、JKリフレ店をオープンした。すると妙なことに気づかされた。リフレだけでも大盛況ではないか。
高校卒業まで女の手を握ったことさえない連中が、社会には大勢いるとわかった。そいつらはいまだに女子高生の潔癖さを信じ、言葉を交わしたり多少触れあったりするていどでも、充分に満足を得られるらしい。十代のころ、複数の女と同時につきあっていた城山には、まるで実感が湧かなかった。
むろん客の種類はさまざまで、接触しているうちに欲望が高まっていく手合いも少なくない。働いている女子高生にとっても、リフレだけではたいした稼ぎにもならない。裏オプはやがて双方の求めるところとなる。店側もしだいに、裏オプ前提のリピーターを固定客とすることで、収益が安定しだした。城山が経営するJKリフレ店の年商は、約六千万円にも達した。
商売人としてはまだ駆けだしだった城山が、それだけ儲かったということは、同業の懐も潤ったにちがいない。市場が拡大すると、警察に目をつけられやすくなる。少女売春の温床になっている事実も、とっくに見抜かれていたようだ。裏オプが問題視される以前に、女子高生による足裏マッサージ自体が労働基準法違反とみなされ、摘発が始まった。区分は危険有害業務の就業制限。性的サービスがなくとも、未成年者が男性客と触れあえば有害業務、そう認定された。法の適用について前例がひとつできれば、たちまち全国の警察が動きだす。城山は繁盛していた店をたたまざるをえなかった。
接触がだめなら、マジックミラーごしに見物させるに留めればいい。誰の発案か知らないが、業界にはリフレ店の代わりに、女子高生見学クラブなる新業態がひろがりだした。あきれたことに、ただ部屋にいるだけの女子高生を眺めたがる客も、常に一定数存在した。するとそのなかに、少女を外に連れだしたいと望む連中が、やはり現れてくる。併設された半個室で耳かきサービスを提供し、まずはふたりきりという需要に応え、次いで裏オプを持ちかける。このやり方は足がつきにくかった。城山が新宿歌舞伎町にオープンした店も二年つづいた。
ところが司法も知恵を絞ってくる。警察はJK見学クラブを興行ととらえ、無許可営業は興行場法に抵触するとした。むろん許可を申請したところで、認められるはずもない。
以後もJK添い寝ビジネスやJK撮影会など、手を替え品を替え、ひそかに売春斡旋窓口は存続しつづけた。女子高生が客と一緒に食事やカラオケにでかける、JKお散歩サービスも盛況をきわめた。城山は抜け目なく流行を後追いした。だがこの新業態は、アメリカ国務省の年次報告書で、人身取引の一例として紹介されてしまった。
表の看板を掲げるのはリスキーでしかない、そんな時代になった。集客力は減退するものの、いにしえのデリヘル業務の形態で、十八歳未満の少女を所属させるほうがましだった。現行犯逮捕の危険がともなううえ、顧客拡大も口コミに頼るしかないが、好ましい面もある。接客用の店舗がなくてすむ。雑居ビルに狭い事務所を借りただけで切り盛りできる。固定電話すらひかず、すべてのやりとりをスマホでおこなう。おかげでコストを大幅に削減できた。
そんなふうに思ったのもつかの間、予想だにしない事態が発生した。あの忌まわしい武蔵小杉高校事変だ。“従軍慰安婦騒動”により、かねて売春経験のあった女子高生らの存在が浮き彫りになった。国会でも議論が紛糾し、JKビジネスへの締めつけはかつてないほど強化された。もはや新規の客の獲得は困難となった。数少ないリピーターをつなぎとめねば、商売として立ちゆかない。
腹立たしい状況だと城山は思った。事変から二か月、武蔵小杉高校周辺の避難指示はとっくに解除され、あの辺りには日常が戻っている。生徒らの大半は近隣の高校に振り分けられた。一部のみPTSDの治療を受けながら自宅で学習しているが、文科省は例外的に単位を認める方針だという。羽田からアクセスしやすい一帯とあって、ひところは外国のメディアも大勢の記者を送りこんできたものの、喧噪は過去になりつつある。政府はさかんに平和と復興ばかりを強調する。
だが城山の商売には深い傷痕を残した。なにが国家の恥だ。大物政治家にもデリヘルの利用客がいたことは、この業界では周知の事実だろうが。
黄昏どきが近づいていた。池袋にある雑居ビルの三階、城山は外階段の踊り場にたたずみ、薄汚れた路地を見下ろした。
唯一の従業員も事務所に詰めてはいない。路地が西一番街と交わる手前で、革ジャンが電柱に寄りかかり、スマホを耳にあてている。求人の張り紙を見て応募してきた青年、篠田智司だった。埼玉の不良少年あがりで、通称サトシ。底冷えに近い寒気のなか、吐息が白く染まっている。
サトシの声が路地に反響した。「はい、七時からケイコちゃんですね。場所はラブホでいいですか。渋谷のトロール、207号室。時間どおり向かわせます。え? そうですよ。うちのは本物のジェーケーです」
城山は階段を下りていった。客はデリヘル嬢が本当に十八歳未満か気にかける。JK指名の料金は相場より高くなるからだ。問いあわせにはいつも、本物のジェーケーだと答える。まれに警官の事情聴取を受けることがあるが、時間固定制(JK)の意味だったと弁解する。何度か危ない橋を渡ったものの、未成年を雇っている証拠があがらず、いまのところガサいれを免れている。
階段を下りきった。城山はサトシに歩み寄った。サトシがスマホの画面を操作している。ラインでケイコに連絡をいれているのだろう。場所が渋谷なら電車で行かせられる。深夜でもないし、送迎の必要はない。
「サトシ」城山はくわえタバコで声をかけた。「きょうここまでの上がりは?」
「しょぼいですよ」サトシがぼんやりとした顔で応じた。「給料日前はいつもこんな感じです。あの、城山さん」
「なんだ」
「きょうの出勤、五人だけですよ。なんちゃって女子高生もいれましょうよ。十九をすぎてても制服着せときゃ、それらしく見えるのはいっぱいいますよ」
「ふざけろ。リピーター客ってのは目が肥えてる。肌の張りがちがうんだよ」
「でも中卒もいるじゃないっすか。厳密にはあいつらも女子高生じゃないでしょ」
「十八以下なら問題ない」
サトシがスマホに目をおとしながら苦笑した。
城山は突っかかった。「なにがおかしい」
「いえね」サトシの顔にはまだ笑いが留まっていた。「お巡りと正反対だなと思って。あいつらは十八以上ならまだ見逃せるって、そればっかりだから」
「客もいろいろだ」城山はいった。「十八未満と寝たらパクられちまうと、びびってる連中がいる。逆に現役女子高生じゃなきゃだめだって輩も少なくない。俺らはそっちの需要に応えてる」
児童福祉法違反に、児童買春・児童ポルノ禁止法違反。いずれも承知のうえだった。特に児童買春の周旋や、勧誘を業にしていれば、七年以下の懲役または一千万円以下の罰金が科せられる。
いまさら営業方針は変えられない。JKデリヘルには絶対的な需要がある。きょうのように客つきが悪い日はあっても、月単位でみればやはり確実に利益を生む。
城山はつぶやいた。「サトシ。うちはいちおう大手だ。都内でも三本の指に入る。看板をたたむのはもったいねえ」
「大手ね。店長と俺、ふたりしかいねえのに」
「従業員の人数なんか関係ねえよ。抱えてるJKの数と、縄張りの広さがものをいう」
「ま、そりゃたしかですけどね。ゴマンといる弱小の同業からは一目置かれてるわけだし」
業界で大物に属するのはたしかだった。城山がなんらかの意思表示をすれば、同業の零細どもは黙ってしたがう。どこかの女子高を独占したいと思ったら、ラインで警告のメッセージを撒き散らせばいい。反発してくるのはほかの大手ふたつぐらいだ。
「でもなあ」サトシがまたぼやきだした。「大手にしちゃ、これっていう新人を確保できてませんよね。“生け簀”の注文がきたらどうします? ろくな在庫がありませんよ」
「“生け簀”はボロ儲けできる。暴力団は下火でも、やっぱり大事な顧客だからな。なんとか満足のいく小娘を入荷してやる」
「できますかねぇ。よその零細に、いいのをまわしてくれって頼んだところで、たいていブスしか寄こさねえってのに」
「零細にはNASAだけ伝えとけ。ただでさえ客が少ない日に、奪いあいになっちゃかなわん」
「NASAっすね。了解」
スマホの着信音が鳴った。サトシが画面を一瞥する。なぜか表情が険しくなった。神妙に応答する。「はい」
店名を告げないのは、この業界の鉄則でもある。客に喋らせてから、受付を開始すればいい。
サトシはいった。「なるべく早い時間ですか? ジェーケーで可愛い子ね。場所はどのへんになります? 鶯谷駅の近く。まだラブホに入るのはこれからってことですね。ちょっとおまちください、出勤状況を確認しますんで」
保留のボタンを押すと、サトシは真顔でスマホの画面を向けてきた。タカダ(要注意人物)。そう表示されていた。
城山のなかに、じわりと緊張がひろがった。無言でサトシを見つめる。サトシも黙って見かえした。
あいつの電話番号か。ついに連絡を寄こしてきた。常連客のひとりではあったが、このところご無沙汰だった。
タカダは最悪の厄介者に分類される。派遣したデリヘル嬢に、プライベートで会わないかと持ちかけ、店外デートに誘いたがる。声をかけられたJKメンバーは、みな無断欠勤をするようになり、以後は音信不通と化す。
JKデリヘル嬢は常時、スマホの位置情報機能をオンにしている。城山がそうさせているからだ。むろん全員のログインアカウントを把握ずみだった。彼女たちの居場所は、事務所にあるパソコンの地図上に表示される。
ところがタカダという客のもとに派遣するや、数日のうちに位置情報の発信電波が途絶えてしまう。店外デートに際し、機能をオフにするよう、タカダが指示しているにちがいない。
ある日、無断欠勤中の女子高生のひとりを、サトシが道端で偶然見かけた。報せを受け、城山は急ぎ駆けつけた。サトシとともに女子高生をつかまえ、路地に連れこんだうえ、きつく問い詰めた。すると女子高生はおずおずと打ち明けてきた。タカダという客と、直接連絡をとりあうようになり、デートの謝礼として小遣いをもらったという。やはりタカダは彼女のスマホをいじり、設定を確認したうえで、次に会うまでにオフにするよう勧めたようだ。
女子高生のスマホカメラに、タカダの画像はいっさいなかった。タカダは一枚も撮らせなかった、女子高生がそう主張した。城山もサトシも、いまだタカダの本名はおろか、顔すらもわからずにいた。
リフレ店や撮影会のころは、入会の名目で客の身分証を確認できた。しかしデリヘルの運営においては、客と会わないのが常識だ。デリヘル嬢の送迎のため、現場近くまでクルマで向かうことはあっても、客のツラを拝む機会はない。
ラインの連絡先だけは知っていると女子高生はいった。ただちにメッセージを送信させたものの、タカダからの返事はなかった。
ほかに判明しているのは、タカダの電話番号だけだった。まともな業種であれば、弁護士に被害をうったえ、電話番号の登録者を割りだせる。だが女子高生を働かせているデリヘル店となると、そうはいかない。興信所に調査を依頼したものの、仕入れた名簿に該当する番号がない、そんな回答のみに終わった。
タカダ本人に電話をかけたのでは警戒され、逃げられてしまうだろう。先方から連絡してきたときこそ唯一のチャンスといえる。むろん正体をたしかめるに留まらない。身ぐるみ剥いで、きっちり落とし前をつけさせる。
サトシがささやいた。「ヒトミかサナを指名してきてます。人気があるとネット上で知ったんでしょうね」
そんな売れ筋商品を、厄介客のもとに派遣できるものか。城山は短くなったタバコを投げ捨てた。「産廃をつかませりゃいい。囮にはそれで充分だ。やたら客に不評なのがいたろ」
「ピッコですか」
「馬鹿野郎。あんなブスを派遣したんじゃ、その場でチェンジを食らうだけだ。ルックスだけはいい女じゃなきゃ、囮にもなりゃしねえ」
「ああ、ナナミのことですね。このところ体調を崩してるらしくて、休みたいって連絡を受けてます」
「いつごろの話だ」
「半月ぐらい前ですか」
「生理ならもうおさまってるだろ」
「ほかの病気かも」
城山のなかで憤りが募った。「客が無料でチェンジ可能な十五分ぎりぎりに、怒りの電話をかけてきやがったら、まずナナミだ。ベッドじゃ不愛想なばかりか、マグロも同然に無反応らしいな。不感症かよって悪態をつく客もいた」
「不愛想とかマグロとかじゃなくて、ただ緊張してるだけみたいっすよ。真面目であがり症で、こういう商売に向いてないみたいです。でも見た目はそこそこ可愛いし」
「囮には向いてる。タカダにシャワーを浴びさせてるうちに、俺たちが踏みこんでやる。どうだ」
「いいっすね」サトシが白い歯をのぞかせた。「全裸で土下座させますか」
「借金を背負わせてでも損害を償わせる。拒否したらボコボコにしてやる。音信不通のJKメンバーも全員、店に戻らせる」城山はサトシに指示した。「ナナミを行かせると伝えろ」
サトシはスマホを操作しかけたが、ふとためらう素振りをしめした。「先にナナミに電話しなくていいんですか。本当に体調不良かも」
「どうせ仮病だ。あいつは親なしの施設暮らしだ。干されて金に困ってやがる。辞めるとほのめかして、仕事をふんだくる腹づもりだ」
どうでもいい、そういいたげな顔で、サトシはスマホを耳にあてた。「おまたせしました。ナナミちゃんならすぐご案内できますけど。ヒトミちゃんやサナちゃんと同じぐらい人気の子ですよ。え? ネットの評判が悪い? いつの話ですか。ああ、そのナナミちゃんじゃないですね。つい最近入った新人です。絶対おすすめですよ」
嘘も手慣れたものだった。城山は立ち去りぎわ、サトシに小声で告げた。「クルマをまわしてくる。疑われるなよ」
1968年愛知県生まれ。97年に『催眠』で作家デビュー。代表作「万能鑑定士Q」シリーズは累計450万部を突破。他の作品に「千里眼」「探偵の探偵」各シリーズ、『ジェームズ・ボンドは来ない』『ミッキーマウスの憂鬱』など多数。
写真=森山将人