眠り続ける患者と“23年前の通り魔事件”をつなぐ衝撃の真実とは? 知念実希人、渾身の超大作!
公開日:2019/9/25
『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』で2年連続本屋大賞にノミネート。女医を主役に据えた本格ミステリー「天久鷹央」シリーズは、120万部突破──。現役内科医ならでは医療知識を活かし、ミステリー界に唯一無二のポジションを築きつつある知念実希人さん。そんな彼が、「私の最高傑作」と語る会心作を上梓した。上下巻、700ページに及ぶ『ムゲンのi』(知念実希人/双葉社)は、”量”だけでなく”質”においても読者を圧倒する文字通りの大作。知念さんの集大成にして新境地と言える作品だ。
28歳の女医・識名愛衣が勤務する病院で、4人の患者が奇病を発症した。ひたすら眠り続ける特発性嗜眠症候群、通称「イレス」は、ここ数年日本では発症例がない極めて稀な疾患。それが4人同時、しかも東京西部で局地的に発症するのは、異常事態としか言いようがない。愛衣が担当する3人の患者の共通点は、発症前に心に傷を負い、人生に絶望していたこと。患者を救うため、愛衣は夢幻の世界に入り込み、彼らの魂を救うこととなる。
そう、本作は単なる謎解きミステリーでは終わらない。患者の夢の中、つまり夢幻の世界を駆けめぐる冒険ファンタジーの要素も盛り込まれている。夢幻の世界に入り込んだ愛衣は、水先案内人であるうさぎ猫のククルと共に、患者の記憶をたどっていく。彼らは過去にどのような経験をし、なぜ心に傷を負ったのか。患者の痛みに寄り添い、その魂を解き放つことで、彼らは昏睡状態から目醒めていく。この夢幻の世界の描写が、なんとも魅惑的なこと! ノスタルジックな夏祭りの世界、色とりどりの光球が煌めく世界など、幻想と奇想に満ちた世界がいきいきと描き出され、冒険心をかきたてる。そして明かされるのは、患者にまつわる秘密。内科医である知念さんらしい、医療に関する謎がひもとかれていく。
さらに、イレス患者の同時発生が、23年前の通り魔殺人事件、最近都内西部で発生している連続猟奇殺人事件につながっていることも明らかに。面会さえできない4人目のイレス患者は何者なのか。愛衣の心にトラウマを残す事件とは。序盤から緻密に張り巡らされた伏線は、終盤に向けてスルスルと手際よく回収され、ラストには衝撃のどんでん返しが待ち受ける。患者ひとりひとりの謎に迫るうち、物語の根幹をなす謎があぶり出されるという大仕掛けのミステリーを堪能できる。
最後のページをめくり終え、心に残るのは深い”愛”。大切な人を守りたいという切なる願い、ただただ幸せを祈る純粋な思いが胸にじんと沁みわたる。多層構造のミステリーとして、めくるめく夢幻の世界に浸るファンタジーとして、愛の物語として。一冊でさまざまな読み心地を味わわせてくれる『ムゲンのi』は、実に贅沢で芳醇な作品だ。その超絶技巧に酔いしれ、魂揺さぶる感動を体感してほしい。
文=野本由起