天性の“旅にゃんこ”とは? 2匹のネコ「だいきち」と「ふくちゃん」が、旅先で教えてくれたこと

文芸・カルチャー

公開日:2019/9/28

『旅にゃんこ』(長澤大輔、長澤知美:著/マキノ出版)

 昨今、旅するライフスタイルやワークスタイルが注目を集めるようになった。ノマドワーカーやアドレスホッパーと呼ばれる彼らの生き方は、人間が本来持っているであろう、好奇心や想像力を掻きたてるからだ。

 ただし、旅と共存する生活は、楽しいばかりではない。見慣れた街であれば困らない小さな問題に、旅先ではいとも簡単に直面するからだ。カフェがない、ATMがない、言語が伝わらない。そして、少しずつ消耗感を覚え、次第に大きなストレスを感じるようなことも。

 47都道府県を旅したネコとして知られる「だいきち」と「ふくちゃん」の旅の様子を描いた作品『旅にゃんこ』(長澤大輔、長澤知美:著/マキノ出版)は、そんな旅のあり方について思いを馳せられる一冊だ。

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 2匹のネコと、飼い主にあたる長澤夫婦の出会いは、遡ること2006年。北海道の阿寒湖郊外で、寒さに震えるオス猫を保護した方が、ネコを飼っている知り合いとして阿寒湖付近に住む著者の長澤知美さんに相談を持ちかけた。厳しい寒さが続く地域で一命を取りとめた強運の持ち主は、「だいきち」と名付けられた。

 その後、2010年、長澤夫妻は東京で茶トラのメスネコを保護した。「だいきち」の名前にあやかり、たくさんの幸に恵まれるようにと「ふくちゃん」と名付けられた。こうして、旅ネコの2匹は、長澤夫妻の子となったのだ。

 ネコは、気ままでマイペースだ。寝たいときに眠り、むくりと起き上がったと思えばはしゃいで、また眠る。そんな彼らを連れての旅に、長澤夫妻は一抹の不安を抱えていた。ところが、その心配はまったく無用だった。目の前に広がる雄大な景色を前にしたネコたちが、なんの抵抗も示さず、ただ美しい景色に夢中になっていたからだ。

「だいきちもふくちゃんも、旅をしながら、初めての人や自然にふれ、新鮮な経験をすることを心から楽しんでいるのが、ありありと伝わってくるのです。」

 作中では、2匹のネコを主役に、旅が展開される。海や山などの大自然を中心とした旅の中では、だいきちもふくちゃんも、景色によってまったく異なる表情を見せてくれる。まさに、旅そのものを、全身で感じているのだろうと思えて仕方がない。

 兄であるだいきちと、妹にあたるふくちゃん。血縁関係はない2匹だが、本物の兄妹のごとく連れそってきたため、どこか表情すら似てくる。著者である両親たちは、どんな想いで彼らの様子をファインダーに収めたのだろうか。

 ネコは寒さに弱い。のんびり屋さんで、いつでもぬくぬく生きている。そんなイメージを払拭する一枚も、登場する。真冬の銀世界に佇む、だいきちの姿だ。長澤夫妻が書き記した写真のキャプション「コタツで丸くなっていませんが、何か?」のフレーズも、皮肉が効いていて愛おしい。

 著者は、だいきちとふくちゃんを「天性の旅人」だと称する。人間のように、余計な雑念や心配事にとらわれることなく、眼下に広がる景色をそのまま受け入れるからだ。旅の本当の楽しみ方を知っているのは、人間ではなくネコなのかもしれない、と。

「だいきちとふくちゃんは、こうした人間の都合による雑念とはまったく無縁で、ただただ純朴で平和なまなざしをもって、そこにあるがままの景色に見入ることができています。」

 純粋無垢な気持ちで旅をするのは、容易ではない。だって、私たちは人間なのだから。

 ただ、少しだけ、心持ちを変えることはできるかもしれない。心が旅を求めたとき、この本をパートナーに、見知らぬ土地へと出かけてみてはどうだろうか。今までよりもいくらか素直に、自分らしく、目の前の景色と対峙できるような気だってする。

文=鈴木しの