絶海の孤島に、5人の推理作家が招かれる――特殊設定本格ミステリで注目の白井智之、待望の新作『そして誰も死ななかった』
公開日:2019/10/2
グロテスクな特殊設定を生かしたミステリで注目され、綾辻行人氏をして“鬼畜系特殊設定パズラー”と呼ばしめる白井智之氏。そんな彼の最新作『そして誰も死ななかった』(白井智之/KADOKAWA)は、9か月ぶりの新作となる長編だ。
大亦牛男(おおまた・うしお)が旅をすると、ろくでもないことばかり起こる。小学校の遠足に出かけた朝は、母が睡眠薬を飲んで死に、中学の修学旅行に出かけた夜は、兄がバイクの事故で死んだ。すっかり旅行嫌いになった牛男は、デリヘルの雇われ店長としてこき使われ、送迎用のミニバンで煙草をふかし、週刊誌の目次を眺めていた31歳の夏、一通の招待状を受け取った。差出人は、覆面推理作家の天城菖蒲(あまき・あやめ)、宛先は、大亦牛汁(うじゅう)。牛汁とは、10年前、文化人類学者だった父の原稿『奔拇島の惨劇』を、自分が書いた推理小説として出版したときのペンネームだ。
招待状の内容は、菖蒲のデビュー20周年を記念し、同朋を招いて氏の作中に登場する無人島・条島(さなだじま)で祝宴を開くというもの。牛男は作家ではないし、推理小説に興味もない。が、この旅をきっかけに、売り上げノルマに追われる日々から抜け出せはしないか。そんな淡い期待を抱いて、企画への参加を決める。
けれど条島は、リゾートではなく絶海の孤島だった。牛男は、招待を受けた他の作家──牛男が勤める店の人気嬢でもある金鳳花沙希(きんぽうげ・さき)、ピアスだらけの巨漢・四堂饂飩(よんどう・うどん)、自殺幻想を書く小男・阿良々木肋(あららぎ・あばら)、麻酔科医の真坂斉加年(まさか・まさかね)とクルーザーに乗り込むが、航行中はアクシデント続発。ようやく条島に到着し、菖蒲の別荘だという洋館を訪ねても、招待主の姿はない。かわりに食堂に並んでいたのは、謎の大量死を遂げた奔拇族が儀式に使う、5体の不気味な泥人形だった。
5人の客、5体の人形。ミステリの定番だ──この館に招かれた5人は、殺される。緊張が走る中、その場にいる全員が、ひとりの女性と関係していたことが判明した。9年前、奇怪な死に方をした彼女にかかわる作家たちが、なぜ今この島に呼び寄せられたのか。やがて日は暮れ、疑心暗鬼の闇に紛れて、第一の殺人が行われる。作家たちは、次々と無残な姿で死んでゆく。そして誰もいなくなったときこそが、この事件の本当のはじまりだった……。
タイトルや作中のモチーフに、ミステリ好きはニヤリとせずにはいられない。しかし白井智之作品は、たとえミステリ初心者であっても、有能な執事のように整然とした筆致をもって、最後までよそ見をさせずに連れていく。常識が非常識となり、非常識が常識となる。見えていたはずのものが消え、それまでなかったものが見える。それはミステリの醍醐味であり、読み込むほどに新しい、白井作品の魅力そのものだ。
本作のレビューとして書くことはもうほとんどない。読みさえすればわかるからだ。ページをめくれば、白井氏の筆に乗った私たち読者は、牛男らとともに条島に降り立つ。そして私たちはその孤島で、グロくて魅力的な5つの遺体と、謎解きの快感を発見することになるだろう。
文=三田ゆき