身に覚えのある毒が、仄暗い感情を刺激する――兄弟姉妹の嫉妬にまみれた複雑な関係を描き出す連作短編集
公開日:2019/10/12
「兄弟姉妹に一度でも仄暗い感情を抱いたことのあるあなたへ」
これは『アネモネの姉妹 リコリスの兄弟』(古内一絵/キノブックス)のキャッチコピーだ。この言葉にギクッとする、兄弟姉妹のいる人は多いのではないだろうか。妹がふたりいる筆者も、そのうちのひとりだ。
本書は花言葉をからめつつ、兄弟姉妹という複雑な関係性を生々しく描いた連作短編集。訪れる人の心と体を癒す夜カフェが舞台の「マカン・マラン」シリーズが人気の著者、古内一絵氏の新刊である。
生まれてから死ぬまで変わることのない兄弟姉妹という関係。そのあいだには、キレイなものばかりではないさまざまな感情が渦巻いている。本書に登場する主人公たちは、こちらがハッとするくらい分かりやすく、兄弟姉妹を嫌ったり、妬んだり、憎んでいる。
ドロドロとした人間模様がおもしろい物語は山ほどあるが、大抵はトラブルを片付け、相手と決別すればグッドエンドだ。しかし兄弟姉妹となると、そうはいかない。
本作でも優秀な姉をもつ妹が「これが赤の他人ならあきらめもつくのに」と本音を吐露する印象的な場面がある(「アネモネの姉妹」)。たとえ遠く離れたとしても、兄弟姉妹という関係が断ち切れることは決してないのだ。
性別や歳の差は違えど、本作には兄弟、姉妹、兄妹、姉弟、双子、義姉妹の物語が6編収録されている。どの話も身に覚えがあるような、毒を含んだ兄弟姉妹のエピソードがちりばめられている。読み進めていくと、作中の兄弟姉妹の言葉が自分の経験と重なり、主人公を通して胸を抉ってくることもあるだろう。
ここに描き出された兄弟姉妹の関係は、決して特別ではない。「親のいちばん」を巡り、兄弟姉妹に対して屈折した感情を抱いた経験は誰にでもあるはずだ。そして本書の言葉を借りるなら、そういう危ういバランスも含めて「満更でもない家族」は形作られている(「ヒエンソウの兄弟」)。
本書を読み終え、強く思うのは、兄弟姉妹それぞれがどこかで自分の「立場」に納得のいかない気持ちを抱いているということ。長子は自分よりワガママが許される(ように感じる)次子に嫉妬する。一方で、次子は親からいちばん関心を寄せられている(ように感じる)長子に嫉妬する。双子であれば、片方と優劣がつく(=同じじゃない)ことが不安の種となる。
同じ親から遺伝子を受け継ぎ、生まれた順番が少し違う。それだけで決定づけられた「立場」を潔く全うできる子は、むしろ珍しい。
結局、兄弟姉妹という終わりなき関係を呪縛のように感じるか、切れない絆と捉えるかは本人次第。「兄弟姉妹」ではなく、自身が囚われた「立場」に苦しめられている人はかなり多いのだろう。
読んでいて少しチクッとするが、本書は自分の「立場」とは違う兄弟姉妹の内面に触れられるいい機会でもある。相手を知れば、「仄暗い感情」も少しは和らぐはずだ。
本書を読み終えた今、私は自分の人生を生きよう、と同時に、彼女ら(妹たち)とは死ぬまで付き合っていきたいと、心からそう思っている。
文=ひがしあや