“推し”のために殺戮マシンとなった男の狂気。累計発行部数260万部超の『食糧人類』コンビが生み出す、新感覚サイコスリラー
公開日:2019/10/14
愛情の表現方法は人それぞれだ。口に出して気持ちを告白する人もいれば、陰ながらひっそりと応援する人もいる。そして、愛する人間を想うあまりに他人を殺してしまう人も……。『電人N』(蔵石ユウ:原作、イナベカズ:漫画/講談社)は、事故死をきっかけに特殊な能力を手に入れた男の狂気を描いた物語である。
コンビニ店員として働く那須忠太(なす・ただひろ)は人生に疲れ切っていた。高校を中退して以降、蒸発した父親が残した借金の返済やアルコール依存症の母親の治療費を稼ぐために青春の日々を犠牲にしてきたのだ。そんな彼の唯一の癒しは、売れないアイドルグループ「レッフェ」の神崎みさきを応援すること。同級生だった彼女から渡された白いハンカチの匂いを嗅ぎながら、映像を眺める時間だけが那須を救ってくれていた。
しかし、必死に生きる彼に世間は冷たかった。バイト先の店長は那須の命より大切なハンカチを故意に捨て、母親は酒を飲んでひどい暴言を浴びせ続ける。
“アンタみたいな出来損ない産むんじゃなかったよ(中略)挙げ句にゃションベン臭ぇアイドルなんかに入れあげやがって”
“酒早く買って来いよ コラゴキブリ”
ストレスと不安感に支配された那須は、ヘッドフォンから“直に”神崎みさきを感じようと試みる。何度も彼女の名前を呟きながら切断したヘッドフォンのコードを耳に挿し込み、電源を入れた。ドンッという大きな爆発音がし、那須はそのまま死亡する。
ここからが本作のすごいところだ。感電死した那須の意識は電気と融合し、「電人N」となってしまうのだ。そして、電気機器を自由自在に操れるようになった那須こと電人Nは、みさきの夢を叶えるために、邪魔者を次々と殺戮していく狂気の殺人鬼と化す。
ライバルアイドルグループはメンバーの乗った車ごと列車に衝突、みさきに説教するファンはエレベーターに挟んで切断、と那須の歪んだ愛情表現は次第にエスカレートしていく。彼を突き動かすのはただひとつ、神崎みさきをトップアイドルにするという願望だけ――。
本作は『食糧人類 -Starving Anonymous-』『アポカリプスの砦』など、さまざまなヒット作品を生み出した最強タッグ、蔵石ユウ氏×イナベカズ氏の最新作だ。圧倒的な画力と想像を超える発想は、ページをめくる指が震えるほどの恐怖を読者に与える。“最恐の殺戮マシン”となった電人Nの暴走は一体どこに向かうのか。そして警察が頼る、奇妙な双子の私立探偵の能力とは一体……?
令和を代表するサイコスリラーマンガになりうる本作は、マンガファン必読の一冊だ。
文=山本杏奈