違法ウナギを口にする日本人と黙認する大手養殖業者――ウナギは絶滅してしまうのか?

暮らし

公開日:2019/10/11

『結局、ウナギは食べていいのか問題』(海部健三/岩波書店)

 地球上のすべての生物は、ときに環境に合わせた生き方を模索・選択し、ときに身近な生物と共生し、自らの種を繁栄させるためあらゆる戦略と戦術を生み出して、なんとか生き残ってきた。それは人間も同じだ。私たちは、他の動植物と比べて圧倒的に強固な社会を作り上げることで、地球上の支配者となった。

 問題は、人間が生きるために動植物を狩り、住みやすい環境を整え、よろしくない娯楽を覚え、より社会を発展させた結果、多くの生物にとって生きづらい地球環境にしてしまったこと。人間のせいで絶滅した生物は、もはや数えきれない。というより存在に気づく前に絶滅した生物もいるようで、我々が背負う罪は想像もできないほど大きくなってきた。

 そしてまた1つ、ある種が生きづらくて悲鳴をあげている。ウナギだ。日本人が大好きなウナギは今、絶滅の可能性がある。『結局、ウナギは食べていいのか問題』(海部健三/岩波書店)で解説される内容は、とてもショッキングだった。

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■岡山県の天然ウナギの漁獲量が14年間で8割減少した

 野生生物の生物種ごとに絶滅の危険度を評価し、区分したリストを「レッドリスト」という。これに登録された動物は、「人間による環境破壊」を含めた何かしらの要因で種の存続が危うい状態にある。

「国際自然保護連合(IUCN)」は国際的な視点から、日本の環境省は国内の状況を考慮して、それぞれの基準のレッドリストを作成しており、日本・中国・朝鮮半島・台湾に生息するニホンウナギは、国際自然保護連合で「危機」、環境省で「絶滅危惧種ⅠB」に区分されている。どちらもレッドリストの中で2番目に危険な状態に指定されたのだ。

 しかしなぜウナギの生存が危ういのか。著者である中央大学研究開発機構ウナギ保全研究ユニット長の海部健三さんは、主に3つの要因を指摘する。「過剰な漁獲」「生育環境の劣化」「海洋環境の変化」だ。

 本書を読むと、「過剰な漁獲」という日本人の罪深き行為を深く反省せねばならない、と強く感じる。海部さんによると、日本の養殖ウナギの年間消費量は約2万トン。1匹の重さが250gと考えると、少なくとも日本人全体で年間約8000万匹を食べている計算だ。

 長らく絶滅が危惧されているウナギを、いまだ私たちは大量にムシャムシャと美味しく食べているのだ。本書では「岡山県の天然ウナギの漁獲量が14年間で8割減少した」というデータも掲載されており、もはや「ウナギが絶滅しそうだ」というより、「日本人がウナギを絶滅させるべく乱獲している」と表現すべき気がしてくる。

■違法ウナギを口にする日本人とそれを黙認する養殖業者

 本書にはさらにショッキングな事実が記されている。日本人が食べるウナギの大半は養殖だ。しかしウナギの場合は、「成魚が産卵→ふ化した稚魚が成長→成魚が産卵」というサイクルを繰り返す「完全養殖」が商業的に確立されていない。ウナギの稚魚「シラスウナギ」を捕獲して、成長させて出荷する養殖方法しかないのだ。

 問題は、このシラスウナギが違法に漁獲・密輸されていること。本書では、この違法行為がいかに私たちに関係あるか詳細に解説する。ポイントを簡潔に述べれば、シラスウナギが高値で取引されているせいで、一般の漁師・中間流通業者・養殖業者が、密漁・密売に関わっているのだ。気になるのは、密漁・密売されたシラスウナギの数。海部さんによると、なんと一般に流通する5割から7割が違法ウナギだとか。

 私たちが食べるウナギの大半が養殖だ。つまり高い確率で私たちは、違法ウナギを「美味しいね」とムシャムシャ食べているわけだ。確率論で考えると、かなりの日本人が知らぬ間にウナギの絶滅に加担させられたことになる。

 さらに違法ウナギは一部の小売店や飲食店を除き、どこで買おうが食べようが避けられない。違法に育てられたウナギの個体を見分けるのは難しいので、最終的に仕入れる小売店や飲食店は必然的に無差別で販売することになるからだ。

 そして最大の問題が、この状況に見て見ぬふりをするウナギ業界。あくまで本書に記された内容なので、信じるかどうかは読者に任せる。海部さんは国内大手の養殖経営者の2つの発言を引いている。

「火のない所に煙は立たないのだから、黙っておけ」
「(シラスウナギの漁獲・流通に関する規則を)あんまりきつくしたら、(養殖)池にシラスが入らなくなる」

 つまり「違法行為を取り締まったらシラスウナギの入手が困難になって商売が滞るから、違法行為については黙認しろ」ということだ。この驚愕の事実を読者はどう受け止めるだろう?

 ウナギの密漁・密売問題に関して海部さんは、終始淡々とした口調で解説する。しかし本書を目にする人は、どこか冷たい怒りが含まれている節を感じるに違いない。そして文字を追うごとに海部さんの冷たい怒りが一層冷たくなる様子をいやでも感じて、背筋が少し寒くなるはずだ。

■ウナギを絶滅から救う最も現実的な方法

 本書はこのほかにもショッキングな事実を解説する。たとえばウナギの放流だ。「ウナギを保全する」というイメージの強い行為だが、海部さんは「行うべきではない」と主張する。むしろ事態を悪化させる可能性があるからだ。いったいなぜなのか?

 なにより最終的に気になるのが、「結局、ウナギは絶滅するの?」ということだろう。海部さんは本書でこう提言している。

可能性はありますが、その程度を推測することは困難です。ニホンウナギがもしも絶滅に至ってしまったら、取り返しがつきません。このため、「絶滅しないかもしれない」ではなく、「絶滅するかもしれない」と考えて行動することが重要です。

 本書を読む限り、ウナギを絶滅から救う最も現実的な方法は、「ウナギが増えるスピード>日本人が消費するスピード」というバランスを意識すること。もしくは国内大手の養殖の経営者にキツめの喝を入れることだろう。

 本書はウナギが好きな人ほど手に取って読んでほしいと感じる。ウナギが直面する事実を理解しようともせず食べることは、ウナギの絶滅に積極的に加担するも同然だからだ。そんな人に「ウナギが好きだから絶滅してほしくない」なんて言ってほしくない。できればウナギを食べないでほしい。

 地球上の支配者となって以降、人間は種の繁栄のために住みよい環境を築いてきた。その結果としてニホンオオカミやニホンカワウソなど、多くの生物と永遠に会えなくなった。ウナギが同じ道をたどるかどうかは、どうやら私たち日本人のモラルにかかっているようだ。

文=いのうえゆきひろ