「台湾についての完全なフェイク本」が大ベストセラーに!? 世界の奇書を開いてみると――

文芸・カルチャー

公開日:2019/10/12

『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』(三崎律日/KADOKAWA)

 ベストセラーになる本が歴史的にずっと残るとは限らず、そうかといって、いくら良書でも誰にも読まれなければ、書き手の自己満足でしかない。本を作って売るのはとても難しい。

 では、過去の歴史上ではいったいどんな本が売れたのだろうか? そんな書物の歴史をひもとく中で、現在の価値観からすれば「えー、なんでこんな本がヒットしたの?」という奇書を紹介するのが、『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』(三崎律日/KADOKAWA)だ。

 本書は、もともと著者自らが、有名動画サイトで紹介していた奇書の数々がもとになっている。動画はセンスある編集と丁寧な言葉づかいで、視聴者の知的好奇心に火を点ける見応えのある作り。かく言う私も、「奇書」という目の付け所に感心した動画のファンである。早速本書の一部を紹介させていただこう。

advertisement

■『台湾誌』(ジョルジュ・サルマナザール:著/1704年、ロンドンにて出版)

 当時のヨーロッパでは、知識人や貿易商人以外に、東アジアについての情報は広まっておらず、野蛮でエキゾチックな土地というくらいの感覚だった。そんな中で、台湾の様子を詳細に伝える文献として貴重な歴史資料が出版された。『台湾誌』だ。この本は著者自身が幼少期を過ごしたことで知り得たという、台湾の歴史・地理・風習を事細かに記したもので、当時の大ベストセラーとなった。

 ――だが残念なことに、この本は徹頭徹尾、著者・サルマナザールの妄想で書かれた完全なる偽書だった。

 本の内容がフェイクであると、どうしてすぐに見破られなかったのか? 高等な知識人の中には、疑いの眼差しを向けた者も少なからずいた。しかし、サルマナザールにとって運のいいことに、『台湾誌』は偽書にしては手の込んだ仕上がりで、自称知識人ぐらいでは見破れないというのだ。

 この“運の良さ”は、ひとりの牧師が彼にそっと耳打ちしたことにヒントを得ている。書籍執筆前のサルマナザールは単なるペテン師で、「日本人」だと名乗って有名人に会う機会を得てはその嘘を見破られるという行動をたびたび繰り返していた。そんな彼に、ある牧師が言う、「宣教師が何人も行っている日本ではばれるに決まっておる。未開の地、台湾にしたまえ」と。

 貴族らの前でも、口まかせの偽・台湾について語るサルマナザール。もともと話し上手ではあったのだろう。彼はあちこちの夜会やサロンに引っ張りだことなる。妙ちくりんな東洋風の服を身にまとい、得意顔で妄想の台湾話を披露し、場を盛り上げたという。

 この大反響を見た牧師は、1冊の本として台湾の地理歴史をまとめることをサルマナザールに提案。そして、中国や日本に関するいくつかの文献を渡したのだ。これらの文献とサルマナザールの空想が入り混じって出来上がったのが『台湾誌』である。

 さて、気になるその内容はというと、「台湾人の祖先は日本人」「台湾人は蛇を食す」「台湾では少年の心臓が神に捧げられている」「庶民は上着1枚をはだけたまま着、陰部は金属製の覆いでのみ隠す」…などなど。もちろん、まったくの出たら目だ。

 しかし、この本が売れに売れてしまったのだから、もう引っ込みがつかない。以前にも増して彼は売れっ子となり、あちこちからお呼ばれの声がかかることになる。そこで、サルマナザールは架空の台湾を自身の中に完璧な形で存在させ、英語と台湾語の対応表まで作って暗記、周囲のどんな質問にも答えられるほどに台湾人になりきったという。

 とはいえ、結局は偽書であることがばれ、すっかり信用を失ったサルマナザール。晩年は、田舎に身を潜め有名人のゴーストライターとして糊口をしのいだとのこと。

 本書の章扉にある、詩人アナトール・フランスの言葉「嘘を書いていない歴史の本などおよそ面白くないものだ」がぐっと沁みる。

 本書には、他にも『魔女に与える鉄槌』『野球と其害毒』『ビリティスの歌』『月世界旅行』など多くの奇書が紹介されている。そして、なぜこれらの本を著者が「奇書」として扱うのかという解説は、本書一番の読み応えある部分だろう。

 いったい何が良書で、何がいかがわしい本なのか…もしかしたらそれを決めているのは時代によって移ろいゆく“常識”なのかもしれない、と思わずため息をついてしまった。

文=奥みんす