「女だから」「男だから」の呪いを解く!“性役割”にとらわれない、自分らしい生き方のススメ
公開日:2019/10/19
「女性だからお茶くみをして当たり前」「男性だからバリバリ仕事に励んで当たり前」。こうした風潮は昔に比べ少なくなったものの、いまだ社会に根強く残っている。「女だから」「男だから」という理由で、物事のやり方や捉え方、生き方まで狭められることにモヤモヤした気持ちを抱く人も少なくないはずだ。性別にとらわれず、自分らしく伸び伸びと自由に生きるためにできることはなんだろうか。
『女らしくなく、男らしくなく、自分らしく生きる』(露の団姫/春秋社)は、落語家で天台宗僧侶の露の団姫さんが、実際に感じ、経験してきたことから「性別にとらわれない生き方」のヒントを提示する1冊だ。
第1章では、女性の生きづらさや働き方、社会に根強く残る男尊女卑をどう考え、どう生きるかについて綴られている。著者は「女の子なんだから」と言わない教育を受けて育ったことから、小学校や中学校で、理解しがたい「普通」や「らしさ」に追われたという。中学校で所属していた卓球部での経験談は実に苦々しい。男性顧問に「男子の試合に女子部員がお茶くみの手伝いに来るように」と言われ、「女子部の試合は、男子がお茶くみに来てくれるんですか?」と質問したところ、「お前には常識がないのかっ!」「お茶は女がくむもんやろっ!」と怒鳴られるのだ。
さて、このエピソードから顧問の対応を「当たり前」と思うだろうか。それとも「男女差別だ」と感じるだろうか。後者であれば幸いだ。男子だってお茶くみで女子を応援したっていいのだから。
「自分らしさ」は性別にとどまるものではない。名前も自分らしさやアイデンティティと密接な関係にある。「結婚しても自分の名前でいたい」と思う人も多いことだろう。
第2章では、選択的夫婦別姓がいかに必要か、またそれに振り回され、苦しんだ6年間について書かれている。著者と夫である太神楽曲芸師の豊来家大治朗さんは、法律婚からペーパー離婚をした事実婚カップルだ。夫婦別姓の事実婚にしてからのほうがより楽しく仲良くできているという。
第3章では、家庭生活や男性の生きづらさについても触れ、男性のワークライフバランスを考え直すことが、男女ともに幸せになるための勘所と説く。仕事や夫婦関係、親子関係にいたるまで、従来の枠にとらわれない著者の生き方は、まさに現代社会に求められるロールモデルでもあるだろう。推測に過ぎないが、著者は「社会に挑もう」としているのではなく、自身の不便さや困難さを解消しようとする行動が、他者の生きづらさの解消にもつながりうるという考えのもと、発信したり活動したりしているのではないだろうか。
女らしくなくていい。男らしくなくていい。自分らしく生きられたらそれでいい。そんなメッセージが随所にちりばめられた本書。「自分らしく」生きたいと願う人を後押しするとともに、「自分らしく」が何か分からない人の道標となってくれることだろう。
文=水本このむ