社長なのに意思決定の権限がない? 月収200万円の社員も? 中卒で元不良少年の社長が年商70億円企業を作れた理由

ビジネス

公開日:2019/11/6

『中卒の僕が「年商70億円企業」を作れた理由 ビジネスの常識を“解体”する思考力』(渋谷巧/双葉社)

 ビジネスは学歴で勝負するわけじゃない。人と関わり合いながら勝負するものだ。『中卒の僕が「年商70億円企業」を作れた理由 ビジネスの常識を“解体”する思考力』(渋谷巧/双葉社)を読むと、そんな言葉が自然と頭の中に浮かぶ。

 著者は、解体業を主力とするグループ企業9社を束ねる経営者・渋谷巧さん。埼玉県川越市出身の元ヤンキーで、高校に入学して早々に「誰かが作ったルール」、つまり校則に従えず退学したヤンチャな過去がある。

 16歳から解体業の日雇い作業員を始める厳しいスタートラインに立ちながら、32歳になった現在はグループ企業の経営者。しかも2018年度の年商は40億円超え、2019年度の年商は70億円を見込み、離職率0%の超優良ホワイト企業を作り上げた。

advertisement

 なぜ渋谷さんは「中卒の元不良少年」でありながら、これほどの成功を収めることができたのだろう? その秘密は「ビジネスの常識を“解体する”思考力」にあった。

■どうすれば年上の労働者に信頼してもらえるか

 渋谷さんが本書で一貫して主張するのは、会社に関わるすべての人を大切にし、社会に貢献できる企業になること。とても当たり前に聞こえて、実践できている企業は本当に数少ない。

 だから渋谷さんの説く成功メソッドは、風変わりでありながら腹に落ちるような説得力を持つ。たとえば「人を動かす方法」だ。

 17歳で解体業の会社に入社し、18歳にして現場の親方を任されることになった渋谷さん。当然まわりは自分より数十年もキャリアが上の大人ばかり。ロクに指示なんて聞いてくれなかったそうだ。

 心が折れそうになる日々。しかしそのおかげで、彼らが現場で言うことを聞かないのは、「18歳の若造を信頼していないから」だと気づく。だから渋谷さんは現場の作業員たちに、「仕事」ではなく「人」として近づくことにした。

 釣りが好きな人がいれば、釣りの勉強をして話題をふってみる。お酒が好きな人がいたら一緒に飲みに行く。相手との共通項を必死になって探して共有し、同時に自分がどのような人物なのか知ってもらおうとした。そうして徐々に現場からの信頼を得たそうだ。

 渋谷さんにとって、このときの経験は今でもビジネスの根幹になっているという。「どうすれば年上の労働者に信頼してもらえるか」という課題を立て、克服する方法を考え、実行して結果を出す。たしかにビジネスの基本だ。

■社員教育のコツは「疑問形で会話」

 人に信頼される方法とビジネスの基本を学んだ渋谷さんは、自身で解体業の会社を立ち上げた後も、それを徹底する。その1つが、社員や後輩への教育だ。

 先輩が一生懸命指導しても、相手の心に届かないときがある。どこの会社でもありがちだ。いきり立って「お前ちゃんとしろよ!」と感情的になれば、反抗心が生まれて悪化するときがある。だから渋谷さんは「相手と疑問形で会話すること」が必要と説く。

「なんでヘルメットを被らなかったの?」
「どうして被るのを忘れたの?」
「ヘルメットを被らないとどんな危険があると思う?」

 このように我慢強く問いかけることで、指導相手から「答え」を引き出し、彼らは「自発的に考える」ようになる。それが社員や後輩の成長につながる。この方法は人材育成にも効果的なのだそうだ。

■クライアントと上下関係を絶対に作らない

 さらに渋谷さんは「クライアントと上下関係を絶対に作らない」と提言している。イーブンな関係を保つことが重要だというのだ。

 ビジネスでは、どうしても仕事をもらうほうが弱い立場になる。しかしクライアントにとって仕事を受けてくれる人は不可欠であり、お互いが必要としあう関係が本来の姿。それでも「俺のほうが偉いんだ」という態度で仕事を発注するクライアントには、「相手の置かれている状況を想像してみる」といいそうだ。

 その会社は資金繰りが厳しいのかもしれない。連絡をくれた担当者が、上司からものすごい圧力を受けているのかもしれない。そこで渋谷さんは「先方にとって“これをやってくれたら助かる”というポイント」を探して、先にリスクをかぶっていく。

「見積もりは100万円で出しておきましたけど、最悪いくらでもいいですからね」
「1年2年で関係が切れると思っていないので、長い目でプラスにしてくれたらいいです」

 こんなふうに提案すれば相手もありがたいだろうし、信頼がグンと上がる。「人が困っているときこそ最大のチャンス」であり、先にこちらが腹を割って対応すれば、「この仕事を頼めるのはこの人だけ」という印象を持ってもらえる。これがクライアントと上下のない関係を築くコツだそうだ。

■月収200万円の社員と社長の権限を失ってでも得たいもの

 ここまでの内容は、「ビジネスの常識を“解体する”思考力」の序の口だ。このほかにも渋谷さんは本書で様々な成功メソッドを解説する。

「中小企業にとって大きな強みになるのは人材」と断言し、社員にできるだけ給料を支払っているという。現在の給与体系は「会社の1か月の粗利の中から割合を決め、社員に分配する形」だそうで、なかには月に200万円をもらう社員もいる。まさか…驚きで言葉がない。給与を払うほど社員に「当事者意識」が生まれて会社が儲かるのだそうだ。

 さらに渋谷さんは、社長の権限である「意思決定」を手放したと語る。「ロバート議事法」というアメリカで提唱された議事進行を採用し、社員全員で会社の事案を話しあって決めているのだ。これによって社長としての権限をほぼ失う代わりに、社員は会社で起きる様々な事案を自分事として考えるようになった。中小企業の経営者ならば、社員が会社を作り上げる状況は喉から手が出るほどうらやましいはずだ。

 本書を読むほど、きっと読者は心から驚くだろう。風変わりでありながら腹に落ちる成功メソッドばかりであり、今日から実践できる内容も多い。ここで本書に記された印象的な一文を抜粋しよう。

「成功」とは、お金でも社長が身につけているものでもない。社員や関わった人たち全員の「満足」だ。

 ビジネスは、人と人が関わることで成り立つ。中卒で元不良少年だった渋谷さんが年商70億円の企業を作れた理由は、ビジネスの常識を解体することで、最も基本的で大事な部分を真に理解したからに違いない。

文=いのうえゆきひろ