かつて自分を救った親友が死刑囚に――カップル殺害はなぜ起こったのか? 教誨師が謎に迫る『死にゆく者の祈り』
更新日:2019/11/9
人を殺めることはタブーだ。たとえ死刑であっても、その執行は慎重でなければいけない。日本中を震撼させた凶悪事件の首謀者ですら、確定から執行までには12年かかったという。
法の下でも、人命を奪う行為はきわめて重いのだ。しかし死刑囚自身が尊重されている、というわけではどうやらないらしい。確定死刑囚にとって、その順番は“突然”やってくる。執行当日の午前9時前後に通達され、どれだけ抵抗しようが、その1時間後には死刑台の露と消える――。
「恐い、恐い、恐い、恐い……」
「堀田あっ、おとなしくしろおっ」
堀田は見苦しいほど身を捩って抵抗するが、あっという間に両手を拘束される。
後ろに立っていた刑務官が堀田の顔に白い布を被せる。視界を完全に遮られた格好だが、それで恐怖心が増大したのか堀田は更に激しく抵抗する。
強盗目的で女性2人を殺した堀田という囚人の死刑執行直前のシーンからはじまる『死にゆく者の祈り』(中山七里/新潮社)。
本作は、囚人に精神的救済の道を教え諭す教誨師(きょうかいし)の主人公・高輪顕真が、確定死刑囚となった無二の親友・関根要一と再会し、彼の本心(魂)を追い求めるミステリ長編小説だ。この冒頭は、数秒前で止まっていた時限爆弾が突然動き出したようなすさまじい緊張感で、一気に物語へと引き込まれる。
教誨師と確定死刑囚という立場で再会を果たす親友同士。顕真が修行に打ち込んでいた5年前、関根は見ず知らずの若いカップルを殺害し、死刑が確定していた。
関根はなぜ、人を殺したのだろう。現実世界でも凶悪事件が起こり、「まさか、あのひとが…」という衝撃的な真相は、ままある。確かに善人というだけで、罪を犯さない保証はどこにもない。しかし、かつて関根から危険を顧みず命を救ってもらった顕真にとって、俄には信じ難い事件である。そこで顕真は担当刑事とともに被害者遺族に聞き込みをはじめるのだが、そこには人間の業とも呼ぶべき真相が隠されていた――。
顕真が奮闘するなかで、関根要一はただ自分の“順番”がくるのを待っている。それは過ちを償うためで間違いない。関根の本心は徐々に明かされていくが、知れば知るほど「償いとは何だろう」という複雑な気持ちが増す。死刑制度の是非を問うわけではないが、罪人が死ねば当事者たちは真の意味で救われるのだろうか。
本書を読み進めていくと、ふと関根を救おうとしているようで、じつは顕真自身が救われたいのではないか、とも邪推してしまう。顕真は教誨師として、親友として、関根の心に寄り添い、彼の救済を願っている。しかし関根を救うことは、被害者遺族を傷つけ、苦しめる事態にも繋がっていく。
誰かを救えば、他の誰かが傷を負う。この償いは誰が引き受けるのだろうと考えると、やりきれない気持ちが湧いてくる。すべての事象は、連鎖していくのだ。
5年も時が止まり、漠然としていたタイムリミットが、ある日突然、動き出す。カウントダウンがはじまった瞬間から、いよいよ片時も目が離せない展開が待っている。関根の絞首台が近づいてくるとき、嫌な緊張感はピークを迎え、結末を見届けるまでは本書を置けなくなるだろう。
関根要一は死ぬべきか、生きるべきか。“意外ともいえる結末”を見届け、あなたの答えを探してほしい。
文=ひがしあや