ついに最強速読法を考案!? 本好きなら激しく同意する「どうでもいいこと」を徹底調査
公開日:2019/11/10
以前、知人からこんな話を聞いた。世の中には「文字ジャンキー」なる人種が存在する。家の中で本にうずもれて笑顔を浮かべる、本を愛してやまない人のことだ。だから家はもちろん職場でも常に本を手に取って、目で活字を追っていないと、イライラ落ち着かず、ガタガタ机をかきむしり、カリカリ爪を噛み続ける。主な生息地は出版社だそうで、「本の虫」と表現すべき愛おしい人物である。
この話を聞いたとき私はパソコンの画面に映る美しい女性に夢中だったので、「ケッタイな人がいるもんですね~」と軽く流した。特に興味もなく、今の今まですっかり忘れていたが、『文庫本は何冊積んだら倒れるか』(堀井憲一郎/本の雑誌社)を手にして、あの美しい女性を…違う、「本の虫」の話を思い出した。
本書は『本の雑誌』で連載された「ホリイのゆるーく調査」を書籍化したもの。「本にまつわる役に立たないこと」ばかりを調査し、キミョウキテレツな調査結果を読者にお届けする。本好きならばどれも“わかりみ”が深いだろう。
■ハヤカワ文庫と講談社文庫のすき間に住めるのは何か
百聞は一見に如かず、まずは「ハヤカワ文庫と講談社文庫のすき間に住めるのは何か」という調査を取り上げてみよう。…え? 意味がわからない? その気持ちもよくわかるが、ここは「生まれて初めてハリー・ポッターを読み始めた」ときのように、辛抱強く話を聞いてほしい。
実は文庫の大きさには厳密な規格が存在しないので、出版社ごとにバラバラである。そこに目をつけたホリイ氏は、各社の文庫の身長(タテ幅)を計測。結果、ハヤカワ文庫は約15.7cmと背が高く、講談社文庫や岩波文庫は約14.8cmと背が低いことを突き止めた。たしかに言われてみれば、ハヤカワ文庫ってなぜかちょっと大きい。
つまりである、講談社文庫を数冊ずらっと並べ、その両脇をハヤカワ文庫で挟めば、身長差による約9mmの空間ができる。この“偉大な”空間を目にしたホリイ氏は、あることを思いつく。
“講談社文庫を並べて、その隣にハヤカワ文庫を立てると、すごくすき間ができる。何かが住めそうである。ちょっと夏目漱石を住まわせてみた”
どうだ、意味がわからないだろう? 日本の文学史に刻まれる、あの偉大な作家を文庫のすき間に押し込もうというのである。このあとホリイ氏は、『吾輩は猫である』や『門』などを高さ9mmのすき間に押したり入れたりバチ当たりな挑戦を繰り返した末、『坊っちゃん』や『草枕』といったスリムな作品が住めると結論づける。ふ~む…実に画期的でゆるゆるな調査結果だ。
■新書のタイトルの長さを調査してみる
本好きならばなんとなく意識しているだろうが、新書のタイトルの長さは出版社によってまちまちである。これまでにも著作経験があるホリイ氏は、担当編集から「新書のタイトルは6文字以内にしてほしい」と言われた経験を明かす。タイトルは短い方が売れるというのだ。
そこでホリイ氏は、各出版社の新書のタイトルの長さの調査を行う。その方法とは、「ある月に刊行した出版社の新書タイトルを全部つなげてみる」というもの。相変わらずキッカイである。
その調査によると、2018年12月に岩波書店が出版した新書は4冊だ。タイトルをくっつけると、「フランス現代史保育の自由物流危機は終わらない平成の藝談歌舞伎の真髄にふれる」となる。なんだか不思議な雰囲気漂う37文字だ。最後の「歌舞伎の真髄にふれる」はサブタイトルなので、それを抜くと27文字。1冊当たり7文字足らずになるので、たしかに短い。
また出版社によってサブタイトルのあつかいはかなり違うようだ。文藝春秋はサブタイトルをあまり入れない派なのか、同年12月の刊行は「一切なりゆき日本プラモデル六〇年史仏教抹殺」の3冊。まるで1冊のタイトルみたいだ。これはこれで読んでみたい。
一方、講談社はサブタイトル大好き派なのか、同年12月の刊行は「老いた家衰えぬ街住まいを終活する内戦の日本古代史邪馬台国から武士の誕生までジャポニスム流行としての「日本」「影の総理」と呼ばれた男野中広務権力闘争の論理」の4冊。めまいのするような76文字である。
このほかホリイ氏が調査したところ、サブタイトルを含めて新書タイトルが長い傾向にあるのが中央公論新社。サブタイトルを抜いても長いのが光文社。一方、タイトルが短い傾向にあるのが平凡社だそうで、その文字数は平均6.75文字。おお、7文字を切っている。素晴らしい(何が?)。
ちなみにこの調査結果が、人生において何の役に立つのか、ホリイ氏は一切明かしていない――。
■ホリイ氏が考案した小説最強速読法
最後にもう1つ、とても秀逸な「小説を“めちゃめちゃ”速読してみる」という調査をご紹介しよう。おそらく脳みそ内部でキテレツな化学反応が起きたホリイ氏は、「小説の最初と最後の一文をつないで味わう」という最強速読方法を考案する。まずはこの方法で川端康成『雪国』を読んでほしい。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。踏みこたえて目を上げた途端、さあと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった」
いい雰囲気じゃないですか。この速読法、なかなかおもしろい。続いては芥川龍之介の『羅生門』。
「ある日の暮方の事である。下人の行方は、誰も知らない」
おお~、なぜか『羅生門』を読んだ気分になりますね。このあとホリイ氏はさらに速読法を磨き上げ、冒頭の一文の前半と、最後の一文の後半を1つにしてしまう読み方を考案する。まずは夏目漱石『坊っちゃん』。
「親譲りの無鉄砲で、小日向の養源寺にある」
…何が? ちょっと状況がわかりませんね。最後は太宰治の『走れメロス』。
「メロスは、ひどく赤面した」
…何があったんだ? メロスは恥ずかしがり屋か? もうちょっと説明がほしいところだ。
このように本書は、「本にまつわる役に立たないこと」ばかりを調査し、キミョウな調査結果を読者にお届けするもの。まるで文学版「探偵!ナイトスクープ」だ。我こそはという本好きの方々はぜひ手に取って読んでほしい。そうだ、最後にこれだけ言っておこう。まっちゃん、「探偵!ナイトスクープ」の新局長として盛り上げよろしくね(まったく関係ない)。
文=いのうえゆきひろ