「‘病は家から’を大リーグボール2号に見立てると」『江戸秘伝! 病は家から』⑱

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/9

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十八病】‘病は家から’を大リーグボール2号に見立てると(市井の‘町医者’六角斎の見立て)

 もっぱら江戸の風情や暮らし方を土台として、病や家の成り立ちをたとえてきた六角斎が、今度は何とスポーツ根性漫画「巨人の星」を土台として、自らの伝えたい命題を分かりやすくしたい模様。まっこと、年寄りなのに若い気分で居続ける我が祖父、六角斎なのです。

 それでは、‘星投手の右足が高く上がると青い虫が飛んで行き青い葉に止まる’とは一体どのような意味があり、それが六角斎の申す‘病と家’にどう関係すると言うのでしょうか? これを明らかにしていくことが今回のテーマなのです。

 まずは、消える魔球(打とうとする瞬間にスッと消えてしまう,大リーグボール2号)の秘密を暴いた、星投手の父である星一徹氏の解説はこうでした。

 「大リーグボール1号という魔送球(もの凄い曲がり方の剛速球だがボールは消えない)と、2号(消える魔球)の投球フォームの違いは、2号(消える魔球)では星投手が目一杯足を高く上げて、投げること。何故か? それによって蹴り上げられた土がボールの縫い目に付き、今度はホームベース付近の土を巻き上げ、両方の土の保護色化でボールが見えなくなるという秘密だったのだ」

 そうか、青い虫や青い葉とは、土と土が巻き起こす現象でボールを隠すことのたとえを言いたかった訳か。

 一方で、六角斎はこのたとえから、何を‘病と家’に当てはめたかったのでしょうか? 少し間をおいてから、こう切り出しました。

 「あえて申せば、‘癌は石より起こる’は、大リーグボール1号なのじゃよ。すなわち、癌になる原因は石である、とズバリ言い切っておる。このこと自体は間違ってはおらぬ。しかし、これだけでは大リーグボール2号には成れん。それどころか、かえって不自然な考え方におちいったりする場合もある」

 (それじゃ困るよ、六角斎。一体どんな場合があると言うの?)

 「つまり、今回の大腸癌を例にとれば、トイレを直せば誰でも癌になってしまうと考え違いをする場合さ。驚くべきことに、幾度となくわしを訪ねて来て、いろんな病気で教えを乞うているハズなのに、家の修繕をすると病気になってしまうという考えをする人の多きことよ。これでは占いになってしまう。わしは一度でも先を見通すことは言っておらんのだよ。‘癌は石より起こる’と申しておるが、決して‘石を使えば癌になる’という逆さ読みはしておらん。この点をよくわきまえてもらいたい。あくまでも、癌になった結果の要因の一つとしてインパクトのある石を挙げたまでだよ。決して、未来のことを予測してのことではない」

 そして、

 「では、‘癌は石より起こる’が大リーグボール2号となるためには、あと何が必要であるかということだね」

 と続きを話そうとする六角斎を、もう待ちきれない様子でМ君が、

 「そうです、一体何が必要なのですか?」

 と尋ねます。

 六角斎いわく

 「まさにそれが、‘江戸㊙伝’というわけじゃよ。君たちもいずれ習得出来る」

 ガビーン!(それはないよ六角斎。ずーっと話を聞いてきたんだから、ちゃんと教えてよ)

 「ちと、君らには難しいのだが……」

 と言って腕組みすること数分間。

 「そうだな、大人達には‘方位’が大切と教えておるが、君達にもっと分かりやすく説明するにはと考えておった」

 (確かに、思い出すとこれまでの六角斎の言動に、○○はどの方角にある?とか、△△の方は今年はつつしむように、と‘方位’に関してあれこれ言ってた。でもどうしてなんだろう?)

 六角斎は急にくだけた表情になって

 「いやー、すまなかった。君らには難しいとは、それはわしの力がまだ未熟ということに過ぎん。あらゆる角度から分かってもらえるよう頑張る」

 そう言ったあとで、

 「もちろん‘方位’は大切な要因さ。東西南北、さらには北北東とか南南西。それを久志やМ君の家ごとに、各々の家の中心から‘方位’をみる。久志の家の台所は西とかМ君の家では南西にあるとかね。では、何故ゆえ‘方位’がそんなに大事なのだろうか。そこで、君らも理解できる言葉や考え方で説明してみようと思う。それはね」

 (うん、それは何?)

 「ところで久志はどうやって生まれて来れたのかね?」

 (また妙なこと、両親がいたから!)

 「その通り。誰でも両親、すなわちお父さんとお母さんなしには生まれて来れないね。そう、誰にとっても‘方位’とは、その人のお父さんとお母さんそのものなんだよ!」

 ガビーン!(それでは、方位=父と母と言いたいの? そして‘癌は石より起こる’がより確実になるには、方位=父と母の要因が必要だってこと?)

 ここで六角斎は大きくうなずき、

 「かえって君達に説明するために、わしは考えがハッキリしたよ。今までは方位や方角というから普通の人は何だか占い(星占いや吉凶占い)の一種かなと思ってしまうんだね。では、そこには本当は何があるのかと言えば、君達の親が居て君達を見守ってくれているんだよ」

 と、ゆっくりと言葉を選ぶように話したのです。のみ込みの早いМ君は、今回のことをこんなふうに、

 「大リーグボール1号・2号のたとえから、石を使って修繕しただけでは癌にならず、親(父や母)が見守ってくれている場所=方位を無視して勝手なことをすれば、条件がそろって病になるってことかなあ」

 とまとめました。すると六角斎は、

 「さすがは秀才!わしが言いたかったことそのものじゃよ。久志は分かったかな?」

 (なんだか調子いいなー)。

 「では君でも分かるように、箱根‘芦ノ湖’の出来事を話そうか」

 と、これは次回に。第十八病「完」。

<第19回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。