「我雅院、太古に降り立ち‘神’となる?」『江戸秘伝! 病は家から』⑳

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/11

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第二十病】我雅院、太古に降り立ち‘神’となる?(市井の“町医者”六角斎の見立て)

 澄んだ秋の空に羊雲があらわれると、ここ本郷は六角斎宅にも多くのストレイシープ(迷える子羊)が今日も集っています。皆それぞれに悩みを抱えていて、本当は深刻なハズなのですが、どういうわけか六角斎とのやり取りのうちに誰もが笑顔になっていくのです。

 今日の十名ほどの人達と話した感想を六角斎に聞いてみると、こんなふうに説明してくれました。

 「みんな目の前に起こったこと(病や怪我)に苦しみ、そのきっかけが何だったのかが分からないので不安なんじゃよ。わしの‘江戸㊙伝’なる見方をもってすれば、まるで少し先から物事を見通せるようなものゆえ、病や怪我を心配せずに済んでおる」

 (もっと簡単に…)。

 「よしわかった。むかしむかしの人々は、地震も雷も台風も洪水も、すべて神の怒りだと恐れおののいていたね。そう、天罰とも言って、何か人間が良からぬことをしでかしたその罰として地面が割けたり、家が吹っ飛んだり、津波で家が流されたりと。今では久志でもそうしたことは天罰ではなく、単なる自然現象で起きたと考えられるわけだ。では、試しにだが、君が現代の利器(テレビやラジオ)を持って大昔へ降り立ってごらんよ。ニュースを見ればフィリピンの大地震で明日には大津波が四国に押し寄せるとか、ラジオの警報でどの山が危ないから早めに避難と、判断出来る。でも、それを聞いてその通りになれば、人々は君を‘神’と、あがめたてまつるだろうね」

 (ふーん、先が見通せるって、すごいことなんだなあ)

 「それでは、‘病と家の関係性’で考えてみよう。‘病’(体のある場所に起こる異常)と、‘家’(体と同じような働きをする場所)との関係性さ。もちろん、これさえも未だに天罰ではと言う向きもある。しかし、ずーっと先の(未来の)人達からみたら、この‘病は家から’で現れることなども、起こるべくして起こる‘自然現象の結果’であると判断しているかもしれない。そうとすれば、【第一病】に立ち返ってみると、目の出来物は窓枠に釘を打ち込んではならぬ、プラスその年のその窓枠のある方位はつつしむなどは、事前に判断して避けられることだろうね。わしなどは、たまたま‘江戸㊙伝’を知りえておるゆえ、皆よりほんの少し先からの目線でアドバイスしているようなものさ」

 (へー、六角斎の‘江戸㊙伝’なんて考え方は、昔の古くさいものかと思っていたけど、ひょっとすると未来の人達にとっては当たり前となっている、人としての‘生き方の知恵’なのかもしれないな)。

 この流れならば、前回М君の出した疑問の、方位=親でなく、方位=父と母と考える理由も六角斎に聞いてみたくなりました。

 息抜きにとペンキ職人さん相手に将棋を始めようとしていた六角斎でしたが、こと方位について正しく理解したいと伝えると、

 「そうか、久志も大事なところに気付いたな、よしよし」

 と、将棋盤はそのままに正座に座り直したのです。

 「方位=父と母、これを分かりやすく話せというんじゃな。それには、人はそもそも、どのようにして人になるのかを考えてみよう」

 (いったいどこまで遡ってみようとしているの?)

 「ズバリ申そう、精子の核と卵子の核が合体して、1つの受精卵となるその瞬間のことじゃ」

 ガビーン!(何だか方位の元の話が、少年ジャンプの‘ハレンチ学園’みたい方向になるの?)

 「いやいや、これは真面目な話だよ。おっ、これは丁度いいものがあった」

 と、六角斎は目の前に並べてあった将棋の駒から、歩を2枚取り上げて駒の先端を向き合わせてみました。

 「よいかな、片方が男(精子の核)で、もう片方が女(卵子の核)の性質を持っておる。これが合体して1つになり(受精卵)、どんどん細胞分裂して1人の人となって行くわけだね」

 そう言うと六角斎は、2枚の歩の駒を裏返して、

 「ほーら、歩が‘と金’に成った」

 とニッコリ。見ていたペンキ職人さんが、

 「さすが先生、うまいこと言うなー」

 と感心しています。(?)

 「いや済まん、ちゃんと話そう。大切なことは、人となるためには、かならず父母から受け継ぐ男と女の性質が必要。さらに重要なことは、それは‘常に向き合っている’ということさ。だから今までのことを思い出せば、ある年は西を父(男の性質)が守ってくれていれば東は母(女の性質)が守る。また別の年は北東を父が守れば南西を母が守る。常に向き合っているんだ。だから、方位=親だけでは、どちらの方角に父母の性質が表れるか分からんだろう」

 (ねえ、その父母の性質って一体どういうこと? それが病と家にどう関係してくるの?)

 「たとえば、誰かが自動車事故ですごい出血をしたとしよう。その場合わしは、ためらうことなく母が守る方位を調べる。だって女の性質の第一は月経、すなわち出血を伴うことさ。では、別の事故で出血はせずに頭に大きなコブで腫れたら、父の守る方位で何かしていないか考える。男の性質には固くなる(おちんちん)ことがあるわけじゃよ。それほど有難いくらいに、家で為(な)したことが、どちらの方位を背いておったかを、症状としてもヒントを出してくれているのだよ」

 一気にしゃべって疲れたのか、六角斎はあぐらに戻りました。

 「さあ、これまであれこれと、‘病と家’について久志に話してきたものだね。最初のころ、君はわしの‘江戸㊙伝’を疑ってかかっておったし、今でも半信半疑な顔をする時があるね。それで良いのじゃ。何故なら、五代目のわしが引き継いだこの‘江戸㊙伝’は、まだまだ披露していない沢山のことがらが残されておる。ここまでに取り上げた事例など、まだほんの身近なところのお話さ。わしが諸国を旅した話が聞きたいと? まあ追々していくとするか」

 そう六角斎は言うと、私に済まん!とウインクして、ずーっと待っていたペンキ職人さんともう将棋の世界に入り込んでしまっていました。第二十病「完」。

<本連載はこれが最終回です。お読み頂きありがとうございました。>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。