人間が話せるようになったのは犬のおかげだった! ヒトとイヌが出会うまでの驚くべき事実
更新日:2019/11/20
イヌのおかげでヒトは人間になった
『ヒト、犬に会う』(島泰三/講談社)の冒頭の言葉に、きっと読者は驚くだろう。本書が語るのは、約1万5000年前、東南アジアの地でヒトとイヌが出会い、やがて共生して、お互いが劇的な進化を遂げてきたこと。その内容は、私たちと犬の関係を見直す大きなきっかけになるはずだ。
本書は学術的な観点からヒトとイヌの歴史をたどるので、第1章と第2章は、少しだけ難しい部分が散見される。それでも辛抱強く読み続けると、理学博士・島泰三さんの重要な主張が見えてくる。
まだヒトとイヌが出会う前、両者は大自然を生きる上で強みと弱みを抱えていた。ヒトもイヌも小柄だが、雑食だったので環境の変化に適応できた。しかしヒトは、ヒト集団同士や内部での殺りくが絶えなかった。お互いに縄張りや食料を争っていたのだ。一方イヌは、同じ食肉目のドールに捕食される立場に加え、自身の主食を別の肉食動物たちと争う立場にあった。
ここに両者が共生するきっかけが生まれる。ヒトはイヌを飼育することで、ヒト集団からの防衛システムを構築できた。一方イヌは、ヒトの糞を食べて残飯をもらうことで主食を確立できた。やがてイヌは、祖先のオオカミにない「デンプンの消化能力」を身につけ、ヒトが食べる野菜や果物なども主食として分け与えてもらえるようになった。
そして第3章以降、ここからが本題だ。なんとヒトは、イヌと暮らすことで言葉を確立できたと指摘する。他の動物たちを圧倒する人間だけの能力は、なんとイヌのおかげで手に入れられたというのだ。いったいなぜなのか。
まだ人間がヒトだった頃、ヤギやヒツジを家畜として飼い、農業で食料を得る「農耕牧畜」によって生きるには、イヌの力が欠かせなかった。家畜を追い立ててコントロールし、鳥獣から農作物を守るのは、ヒトの力だけでは不可能に近いからだ。
思いのままイヌに動いてもらうには、指示が必要となる。もしヒトが暴力や暴言による恐怖でイヌを支配しようと考えたならば、現代につながる繁栄の道はここで閉ざされていたに違いない。
ヒトはイヌに「共生する大切な種族」と認めてもらうため、「丁寧な言い方」と「言葉」で指示を出して、家畜を追い立ててもらい、畑を荒らす鳥獣を仕留めてもらった。そのためにヒトはイヌに、「音声言語」を「何度も明瞭」に話しかけ、共通のコミュニケーションを生み出した。これが言葉の確立につながったのだ。
本書を読めば、人間の言葉に反応して行動したり、飼い主の敵となる人物を嗅ぎ分けて吠えたてたりする「イヌの驚異的な能力」がきっと理解できるだろう。島泰三さんは、ヒトとイヌが出会うことで起きた奇跡を解説しているのだ。
本書によると、かつて江戸時代の人々はイヌを「公共の財産」として、村や集落単位で飼育していたそうだ。イヌはよそ者が訪れると吠えたてて村人に警報を発した。村人はイヌに感謝して、神社や薬師堂の下で生活する彼らを大切に世話した。
また、アラスカなどの厳しい大自然で「イヌぞり」を行う民族は、「命を守る鉄則はイヌに従うこと」を経験的に知っているという。最近では、イヌをはじめとするペットが人間の心にもたらすセラピー効果が続々と報じられている。
時代を超えてイヌの役割はどんどん変わりつつある。しかしいつの時代も、イヌはヒトなしに生きていけず、ヒトはイヌなしに文明を支えることができない。
イヌのおかげでヒトは人間になった
これは間違いない事実だ。人類が生み出した最大の功績の1つに、どうやらイヌとの共生が挙げられるようだ。
文=いのうえゆきひろ