大泉洋を小説の主人公に「あてがき」、2018年本屋大賞にもランクインした話題作が文庫化!『騙し絵の牙』塩田武士インタビュー
公開日:2019/11/22
俳優・大泉洋を小説の主人公に「あてがき」し、2018年本屋大賞にもランクインした話題作、いよいよ文庫化&映画情報解禁!
塩田武士
しおた・たけし●1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社在職中の2011年、『盤上のアルファ』でデビュー。16年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞し、17年本屋大賞3位に輝く。19年、『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞受賞。『歪んだ波紋』は連続ドラマ化されNHK BSプレミアムで放送中。『罪の声』も映画化決定。
昭和最大の未解決事件として知られるグリコ・森永事件をテーマにした『罪の声』で、第7回山田風太郎賞を受賞し、2017年本屋大賞3位に。「社会派小説」の雄として一躍注目を集めることとなった塩田武士が、2017年8月に単行本刊行した『騙し絵の牙』が、このたび文庫化される。映画や演劇、ドラマの世界では、脚本の段階で「この役を演じるのはこの俳優だ。ならば最初から役に俳優のイメージを取り入れよう」という、あてがきの文化がある。本作は、主人公に国民的俳優・大泉洋をあてがきして執筆された、前代未聞の「社会派エンタメ」だ。作家はキャリアの節目となる10作目で、過去最大のチャレンジをおこなった。
「誰もやったことのない小説のかたち、メディアミックスのかたちを提示するという挑戦でした。できあがった小説を大泉さん主演で実写映画化する、というところまで持っていくのが当初からの目標。文庫のオビでも大々的に掲げていただきましたが、映画化が無事に決まり、先日クランクインしました。企画の始まりから丸6年経ち、ようやくここまで来たかと思うと感慨深いですね」
主人公は出版大手・薫風社で月刊カルチャー誌『トリニティ』の編集長を務める、速水輝也。週刊誌記者から文芸編集者を経て今の役職となった40代半ばの速水は、同僚いわく「天性の人たらし」だ。周囲の緊張をほぐす笑顔とユーモア、コミュニケーション能力の持ち主で、部下からの信頼も厚い。顔立ちはというと……〈眠そうな二重瞼の目と常に笑みが浮かんでいるような口元に愛嬌があり、表情によって二枚目にも三枚目にもなる〉。大泉洋そのものじゃないか! 章扉に掲載されている大泉の撮り下ろし写真も、“速水=大泉洋”という等式を読者の脳裏に刻みつける。
「表情はもちろん喋り方や、ものまねのレパートリーなども大泉さんがモデルです。“速水=大泉洋”と感じていただけるよう、細心の注意を払いながら書いていきました。単行本を出した後、多くの方から“会話文が大泉さんの声で自然と再生された”と言っていただけた時はホッとしましたね。そこの繋がりがあるからこそ、“騙し絵”が発動する瞬間の驚きが増しますから」
「売れない作家」に賭けてくれたんです
「プロローグで最初に見せる笑顔と、エピローグで最後に見せる笑顔は、同じ人間なんだけれどもまったく違う意味合いのものとして書いてほしいという、お題を最初にもらいました」
企画の発端は6年前、『ダ・ヴィンチ』の編集者が著者インタビューで取材に来たことだった。2013年刊の第4作『崩壊』。塩田が社会派小説の道へと一歩踏み出した、ターニングポイントとなる作品だ。
「それまでの3冊はどエンタメだったんですが、このままでは同じ路線ばっかり書くことになる。危機感を抱いて、半ば無理やり路線変更した作品だったんです。でも、ステンとこけたんですよ。読者からも編集者からも、ほとんど見向きもされなかった。そんな中で唯一、引っかかったと言ってくれたのが『ダ・ヴィンチ』の編集さんでした。その時のインタビューで大泉さんの話になって盛り上がり、いつの間にやら今回の企画の相談が始まっていました」
大泉が主人公の小説を『ダ・ヴィンチ』で月イチ連載する。本文の内容に合わせて大泉の写真を撮り下ろし、写真と文章のコラボレーションを行う。書籍化ののちは、実写映画化まで持っていく……。
「僕は新聞記者時代に芸能担当もやっていたので、芸能界のことは多少知っています。いくら担当さんが『大泉エッセイ』を作った人だからといって、今回の企画はあまりにも無謀だと思いましたよ。この人は詐欺師だぞ、と(笑)」
これほど大きな企画を動かし、関係各所を説得するためには、塩田自身の知名度も重要になってくる。今でこそ塩田は出版界で知らぬ者はいないベストセラー作家だが、2016年8月に『罪の声』が単行本刊行されるまでは「重版もかからなければ賞にノミネートされることもない、ひとことで言えば売れない作家でした」。
「にもかかわらず、『ダ・ヴィンチ』さんは連載枠をあけてくれたんですよ。大泉さんやマネージャーさんも、僕という人間に賭けてくれた。夢みたいなチャンスを頂いて、奮わないはずがないですよね。ただ一つ付け加えておきたいのは、“『騙し絵の牙』が本の形になる前に、売れろよ塩田”という無言のプレッシャーは感じていました(笑)。『罪の声』の本が出て、これまでと全く違う売れ方をし始めた時は、『騙し絵の牙』の編集さんの顔が浮かんで肩の荷がおりました」
娯楽性から逃げることは時代に背を向けること
物語は、速水の雑誌が廃刊の危機に陥ったところから一気に加速する。若手芸能人の作家デビュー、ひねりの利いた企業タイアップ、大物作家の大型新連載、パチンコ業界をも巻き込んだメディアミックス……。通常業務に加え黒字化のための新企画を模索する、速水の勇猛果敢な仕事ぶりを追いかけるうち、読者は楽しみながら出版界の内側を知っていく。文学界のレジェンド・筒井康隆は本作に対し、自作を引き合いに出しながら「『大いなる助走』の〝以後〟が、ここに書かれている」と推薦の言葉を寄せた。
「『騙し絵の牙』を書く前に読み返した一冊が、まさに筒井先生の『大いなる助走』だったんです。あの作品は出版業界が一番燃え上がっていた時期に書かれたものですが、〝こんなやり方をずっとやってたらあかん!〟と旧来の出版界の慣習に冷水を浴びせるものでした。その筒井先生が、僕の本を読んで面白がってくださった。筒井先生が目指していたものを受け継ぎ、何かしら新しいものを付け加えることができたとすれば、めちゃくちゃ嬉しかったです」
しかし――その「新しいもの」のひとつは、出版業界を覆う「諦め」である。
「市場規模が全盛期の半分になり、今や1兆円を切るところまで近づいてきています。ネット書店や電子書籍の台頭、娯楽としての小説の地位低下など、激しい構造変化を前にして、あからさまに諦めたムードが漂っている。でも、一つひとつの問題を面倒臭がらず、冷静に考えて対処していけば道はあるんだということを、速水の言動を通して示したいと思ったんですよ。不思議な感覚なんですが、今も僕の中に速水がいるんです。何かアクシデントが起きた時は、“速水だったらどうする?”と考えるのが癖になっているんですよ」
右肩下がりの出版界の現状をリアルに描くだけでなく、現状突破に挑む主人公をいきいきと描き出した。だからこそ、「社会派エンタメ」になったのだ。
「ともすればお堅い題材にもかかわらず、小説の中にユーモアや柔らかさが溶け込んでいるのは、大泉さんを主人公のモデルにしたおかげです。速水は硬軟自在な存在なので、シリアスな場面であっても笑いを取りにいけるんですよね。小説を書くにあたり大泉さんと何度かお会いして、お仕事に関する考え方を聞かせてもらえた経験もものすごく大きかったです。“この方は本当に、たくさんの人を楽しませたいと思っている人なんだ”と腹の底から理解できたんですよ。僕もそうあらねばいけない、と思いを新たにしましたね。テーマをどんどん掘り下げていくことって、自分にとって興味のあることですから実は苦にならないんです。そこでいかに、読者の存在を忘れずにいられるか。娯楽性から逃げるということは、万人に背を向けるということであり、時代に背を向けるということですから」
大泉と会話しながら、本人も意識していない「陰」の部分をキャッチできたことも、この作品を一回り大きなものにした。
「大泉さんご自身は口にされませんでしたが、人を楽しませることって“自己犠牲”の精神が伴いますよね。自分が楽しむ、ということは後回しになりますから。そのしんどさを知りながらも、できるだけたくさんの人を楽しませたいと思っている。強烈な光の背後には、陰がある。勝手ながらそんなふうに想像して、速水という男の人生に深い陰影を付けることにしたんです」
文庫化にあたり、約2年ぶりに本作を読み返したそうだ。その感想が、本作の魅力をもっとも表しているかもしれない。
「正直、ちょっと怖かったんですよ。情報が古びていないか、今の自分ならもっとこうできるという箇所ばっかりで恥ずかしくはならないか。読んでみたら、めちゃくちゃ面白かったです(笑)。“小説ってやっぱり面白いな!”と、自分の作品に勇気付けられたんです」
取材・文=吉田大助 写真=干川 修
『騙し絵の牙』
塩田武士 角川文庫 720円(税別)
月刊カルチャー誌『トリニティ』の編集長・速水輝也は、ある夜、上司から自身の雑誌の廃刊の可能性を告げられる。芸能人の作家デビュー、大物作家の大型連載、映像化、企業タイアップと黒字化のため奔走する一方、部下の不仲と同期の不穏な動き、妻子と開きつつある距離……。出版業界の現状と未来を限りなくリアルに描いた群像小説は、ラストで牙を剥く! 文庫版でも、本作のために撮り下ろされた写真を完全収録(一部カラー)。巻末には、大泉が本作の成り立ちや魅力について語る解説も収録。
吉田大八監督(『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』など)で映画化決定!
映画『騙し絵の牙』 2020年6月公開
出演:大泉 洋、松岡茉優、佐藤浩市ほか