「昼は公務員、夜は閻魔様の補佐」という驚きのダブルワーカーが平安時代の京都にいた!

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/26

『京都異界紀行(講談社現代新書)』(西川照子/講談社)

 深まる秋や紅葉のニュースを目にすると京都を訪ねたくなるものだ。そこで必携のガイドブックだが、「もうフツーのでは物足りない」「知られざるスポットを訪ねたい」「著名なスポットの、裏に秘められた顔も知りたい」という人も多いのではないか。そんな方にぜひおススメしたいのが、『京都異界紀行(講談社現代新書)』(西川照子/講談社)だ。

 著者の西川氏は、京都を拠点に活動する民俗学が専門の作家・編集者。哲学者で考古学や民俗学にも長けていた、故・梅原猛氏の出版補助役を長らく務められたことでも知られる。

 つまり、膨大な歴史文献、古文書、民俗学資料による知と、社寺を中心に、京都中をフィールドワークして得た生の情報が、ぎっしりと詰まった方なのである。そんな著者が、地霊に導かれ、怨霊の声を頼りに「恐ろしい、本物の京都の姿」を描写するというのが本書だ。

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華やかな清水寺のすぐそばに存在する、まがまがしい京都とは?

 しかし実際に読んでみると、オドロオドロしさなどはなく、タッチは軽妙洒脱。中世の民俗伝承や史料をベースにひもとく京物語はじつに興味深い。

 例えば冒頭には、清水寺が登場する。もちろん清水寺の有名な見どころ紹介ではない。著者が挙げるのは、清水寺のすぐ南に位置する京都三大墓地のひとつ「鳥辺野(とりべの)」の物語。

 平安末期の『今昔物語』を引きながら、鳥辺野界隈がその昔は、行き倒れの死体と、そこに群がり金目のものなら髪の毛までもむしり取る盗人たちが集まる、まがまがしい場所であったと著者は記す。そして京都では「生と死が隣り合わせ」なのだと教えてくれる。

 清水寺を訪れ、その華やかさや雅だけを堪能するだけでは、京都のすべてはわからない。すぐ裏にある、むごたらしかった当時の人々の無念にまで思いを馳せることで、京都に蓄積されてきた歴史がわかるというわけである。

 本書には、じつにいろんな社寺、歴史上の人物たちが登場する。日本三大怨霊とも言われる、崇徳天皇、平将門、菅原道真やタタリ神。桓武天皇他、天皇家のひとたち。安倍晴明他、陰陽道ゆかりの重要人物たち。日本の社寺秘史を語るうえで外せない、聖徳太子と秦河勝(はたのかわかつ)。そして教科書には登場しない、地元ヤクザの親分や怪異な人々。彼ら・彼女らが次々と登場し、きらびやかな京都の隠された一面を浮き彫りにしていくのだ。

 

昼は官人、夜は閻魔大王補佐という驚きのダブルワーカーがいた!

 多彩な登場人物中、筆者が興味を持ったのは、著者が「六道珍皇寺」(ろくどうちんのうじ・京都市東山区)に触れるくだりだ。六道とあるように地獄への道案内をする寺である。

 著者は「こちらのご本尊は、薬師如来。ただ小野篁(おののたかむら)と言ってもいい」と記す。

 この、小野篁という平安時代初期の公卿・文人のワークスタイルがじつにおもしろい。本書によれば、昼は官人として働き、夜になると珍皇寺にある「往(ゆ)きの井戸」から地獄へ行き、そこで夜の仕事、つまり、「お前はこっち」「あなたはあっち」と、亡者に対する閻魔様の補佐役を担っていたという。

 なんというダブルワーク!? 働き方改革も真っ青の、平安時代のアイデアだ。彼は夜が明ける前に、嵯峨清凉寺山内にあった福生寺(現在はない)の「帰りの井戸」から、この世に戻ってきたそうだ。

 もしこのエピソードに興味がわいた方は、珍皇寺もしくは嵯峨清凉寺山内の薬師寺に行くと、そのゆかりが詳しくわかるという。

 

メイン神は潜められ、サブ神が主役となった人気神社のカラクリ?

 ところで神社に行くと、メインの神様を祀る本社の他にも、サブの神様を祀る小さな摂社・末社があることに気づくだろう。

 本書によれば、京都の人気神社の中には、メイン神の存在を潜めてしまい、サブ神を前面に出すことで、全国から多くの参拝客を集めているところもあるという。例えば、スポーツの守護神を祀るという白峯神宮。日本全国からサッカー少年たちや技術向上を願うアスリートたちがやって来るそうだ。

 しかし著者によれば、蹴鞠の神である精大明神はもともと末社の神、つまりサブ神だという。ではメイン神はといえば、怨霊の代名詞ともいえる崇徳天皇ともう一柱が淳仁天皇なのだそうだ。こういった知られざる神社カラクリが学べるのも、本書の読みどころのひとつだろう。

 多彩な顔ぶれで本書が教えてくれるのは、雅と死、花と葬地、怨霊と御霊、惨殺と鎮魂、天皇と乞食(こつじき)などで描かれる、「正」と「負」の京の仕組みの物語である。祇園祭をはじめとする京都の伝統・風習の歴史などについても、フツーのガイド本にはない情報が満載だ。ぜひ、今後の京都観光のお供や歴史考察の一助として、本書を役立ててみてはいかがだろうか。

文=町田光