【ひとめ惚れ大賞】違う人の人生に引きずりこまれてしまう小説『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』岸本佐知子インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/30

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』
ルシア・ベルリン:著 岸本佐知子:訳

装丁:クラフト・エヴィング商會(吉田浩美、吉田篤弘)
カバー写真:Buddy Berlin
編集:須田美音、堀沢加奈
講談社 2200円(税別)

ルシア・ベルリンを知ったきっかけは、作家リディア・デイヴィスが絶賛している文章を読んだことでした。彼女がこんなに褒めるとは、と驚いて読んでみたら、76本の短編どれも傑作で、アルバムでいうところ捨て曲なしという感じだったんです。

ぜひ訳したいと思ったのですが、まだ日本で知っているのは私くらいだろうし、老後の楽しみに……なんて思っていたら、数年前にアメリカで彼女の作品集がベストセラーになって。向こうでも無名ではあったけど一部の作家には絶大に支持されていて、何人かの作家たちの尽力で再出版され、再発見されたんですね。もう悠長なことを言っている場合じゃないと思い、翻訳に取りかかりました。

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翻訳において意識したのは彼女の特徴ある「声」を再現することです。投げ出すようなパキパキした文章で……武田百合子さんとどこか似ているかも。教養はとてもあるけど、どこかがらっぱちで、内面のことはあまり書かない。生命力というか、人としてのエネルギーが文章から出ている感じ。ルシアの人生はなかなか波乱万丈なのですが、きっととても魅力的な人だったのだと思います。

彼女の作品はまた、愛情と憎しみが別々のものでなくて、表裏になっているというか。愛と憎しみと死が分かちがたく結びついているところも一つの魅力だと思います。たとえば妹がガンで死にかけているときに、自分の昔の愛の話がサンドイッチみたいに突然、差し挟まれたりする。そこにどんなメッセージがあるかとか、理解しなくてもいいと思うのですが、何度でも読みたくなるんですよね。

彼女の作品を読むと、違う人の人生に無理矢理引きずり込まれて、その人生を生かされてしまうという感覚があります。ただの読書では済まされない体験を、ぜひ味わっていただけると幸いです。

|| お話を訊いた人 ||

岸本佐知子さん
翻訳家。リディア・デイヴィスの他、ミランダ・ジュライ、ショーン・タン、スティーヴン・ミルハウザーなどの翻訳で知られる。『気になる部分』『ねにもつタイプ』などのエッセイも人気。新作エッセイ『ひみつのしつもん』が今秋刊行。

取材・文/田中裕 写真/首藤幹夫