本好きでなくても文句なく感動! 大火災で蔵書110万冊が焼けた図書館の復活ドキュメント

社会

公開日:2019/11/29

『炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火』(スーザン・オーリアン:著、羽田詩津子:訳/早川書房)

“いらない本や、すっかりくたびれてもう読めないほど傷んだ本でも手放せなかった。捨てようと思って積み上げておいても、いざ捨てようとするとできないのだ。人にあげるか、寄付できればよかったが、どんなに努力してもゴミ箱に本を捨てることはできなかった”

 この文章に少なからず共感できる人ならば、『炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火』(スーザン・オーリアン:著、羽田詩津子:訳/早川書房)を興味深く読むことができるだろう。あるいは、

“わたしは図書館で大きくなった。というか、少なくともそういう気がしている”

 という文章に共感できる人も、本書をおもしろく読めるはずだ。

 この本は、1986年4月29日に発生し、蔵書40万冊が焼け、70万冊が損傷した「ロサンゼルス中央図書館の大火災」という、本好きだとしても日本人にはあまりなじみのなかった事件を扱ったものだ。今までこの事件を知らなかったとしても、本書には著者の、本と図書館という施設への愛が全編を通して横溢しており、そこに共感できれば何度もうなずきながら読むことになるはずだ。

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 ちなみに著者はアメリカのジャーナリストだが、自国で起きたこの事件について2011年まで知らなかったという。アメリカ国内でも、それほどメジャーな事件ではないのだ。その理由は、図書館の火災が起きたのとちょうど同じときに、ソ連でチェルノブイリ原発事故が発生し、アメリカでもニュースがそれ一色になってしまっていたためだ。日本人には、なおのことなじみがなくてもいたし方ない。それにしても、東西で同時に「文明と火」にまつわる事件が起きていたという符合は印象的である。

■大火災の犯人は? そこからの復活劇を詳細に綴る

 本書ではまず、中央図書館の大火災について改めて詳細に検証するとともに、放火犯として逮捕されたものの証拠不十分で不起訴になった青年が、はたして本当に無実だったのかという謎について追る。また、ひどい損傷を受けた大量の本の修復に、さまざまな人々が携わり、懸命に努力する姿も記されている。当然、これらが本書の第一の読みどころだ。

 しかし本書では、これと同等かそれ以上のボリュームを割いて、1873年に開館したというこのロサンゼルス中央図書館の長い歴史と、一般利用者の目にはなかなか触れない公共図書館のさまざまな部署、およびそこで働く個性的な人々のいきいきとした姿も克明に記されている。そして、その部分にこそ著者の本と図書館への愛情が溢れており、本好き、図書館好きなら、共感できること請け合いである。

■「公共図書館」の役割を見直す局面に?

 さらに本書では、現在図書館が抱えている問題や、将来の図書館のあり方についての考察にも、かなりのページが割かれている。そこで重要なキーワードになっているのは「公共性」だ。

 著者は、「公共図書館の公共性はますます貴重なものになりつつある。料金をいっさい取らずに、誰をも暖かく歓迎してくれる場所など、他に思いつかないだろう」と述べる。

 つまり、誰もが無料で情報や知識を得ることができる公共図書館は、あらゆるものが市場原理に組み込まれている現代において、きわめて貴重な存在であるということだ。

 しかし、その「オープンさ」が、さまざまな問題を招き寄せてもしまう。中央図書館の火災も、誰もが自由に出入りできる施設ゆえの、放火のしやすさ、犯人の特定の困難さという問題があった。

 また、公共図書館がホームレスや精神障害者のたまり場になりやすいという問題もある。これについては、日本の多くの公共図書館でも抱えている問題だろう。

 だが、その問題について著者はこう語る。

「すべての人に開かれているという図書館の約束は、負担の大きい任務だ。多くの人にとって、図書館は精神障害だったりかなり汚れたりしている人々とすぐそばで過ごすという経験をする唯一の場所かもしれず、それは不愉快な経験かもしれない。しかし図書館は、すべての人々に開かれていない限り、わたしたちが望むような施設にはなりえないのだ」

 この明言は、おそらく真実を突いているだろう。公共図書館が利用者を選別したり、金銭を受け取るようになったら、その役割は死んでしまうのだ。

 最後になるが、本書に引用されているドイツの詩人ハイネの「本を焼く土地では、やがて人を焼くようになる」という言葉はとても重い。そして、本書を読み終えたとき、レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』を、また読み返したくなる。

【あわせて読みたいもう1冊!】
『華氏451度(新訳版)』(レイ・ブラッドベリ:著、伊藤典夫:訳/早川書房)は、指定された書物の焼却を仕事とする焚書官が主人公の古典的SF作品。本を読まなくなり能動的な思考力と記憶力を失った「市民」に未来はあるのか?

文=奈落一騎/バーネット