災害や事故で救援に尽力した人々がトラウマ・ストレスを抱えている実態。惨事ストレスとは

社会

公開日:2019/12/4

『惨事ストレスとは何か 救援者の心を守るために』(松井豊/河出書房新社)

 今年は災害や事故のニュースを多く聞いた。だが、毎年そう感じている気もする。かつては新聞で、次にラジオやテレビで、そしてインターネットの普及により、災害や事故について知る機会が増えたことも関係しているのだろう。
 
 被災者・被害者やその家族が負った心の傷についての報道も目にする機会が多い。そして、災害や事故の現場で救援に尽力した人々もまたストレスを抱えているというが、このストレスの実態についてはあまり注目されていないように思える。かくいう私も、『惨事ストレスとは何か 救援者の心を守るために』(松井豊/河出書房新社)を読んで、改めて気づかされたことが多かった。
 
 本書は、非常に慎重かつ丁寧に取材・執筆されている。というのも、消防職員をはじめとする職員のエピソードや事例を扱っているのだが、事実をそのまま正確に記してしまうと、どの事件に関わった誰の体験かが分かってしまう可能性がある。また、危機介入においては同じ人に繰り返し会わないとする「単回介入の原則」と呼ばれるルールがあるという。そのため、著者は、細部を変更したり複数の類似エピソードをつなぎ合わせる工夫をする一方で、正確性を期すために、公表されている手記は出典を明記したり、臨床データを引用紹介するなど細心の注意を払っている。

■惨事ストレスの種類は多岐にわたる

 まず、タイトルにもある「惨事ストレス」だが、本書によると定義は一定していないという。英語の「Critical Incident Stress(CIS)」に対応する用語だが、直訳してしまうと意味が通じにくくなってしまうため、研究を進めてきた村井健祐日本大学教授と東京消防庁の有志が意訳して名付けたそうだ。

 惨事ストレスのひとつは、消防職員をはじめとする「職業的災害救援者」が事故・災害の救護活動を通して受けるストレスだ。だが、現場の状況は事故・災害によって多岐にわたり、受けるストレスの種類が広範囲であるため、その惨事ストレスの対策は多種多様となる。

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 そのなかで、組織内での当事者へのサポートは非常に重要だ。2003年6月2日に神戸市西区で起きた火災では、建物が崩落し、消火や救助活動にあたった4人が殉職してしまった。これを受けた記者会見において、記者が「現場にいた者の判断ミスではないか」と追及したことに対し、警防部長は即座に「現場の者に過失はない」と断言した。この対応は、詳細な現場検証を終えていない段階でのコメントであることを考えると、進退問題にも関わる発言だとされかねないが、命を懸けて現場に立ち向かう現場の職員にとっては“必要な言葉”だった。

 一方で、1995年に起きた阪神・淡路大震災直後のニュース映像では、大規模な火災を前になすすべもなく呆然と立ち尽くす消防職員に対し、周囲の人間が「税金泥棒」などと罵倒する様子が放映されていた…。

■誰もが災害に遭う可能性があるからこそ、心得ておきたい

 惨事ストレスの対策には、当事者への事後のケアが欠かせない。本書では、現場でできる予防的対策や、さらに事前段階の教育、そして事後のケアの有効性を高めるための組織風土づくりについても詳しく解説しており、これらは私たちの“日常ストレス対策”としても大いに役立ちそうだ。自分が職業的災害救援者でなくとも、困難な現場に遭遇する可能性は誰にでもある。そのこともまた忘れてはならないと思う。

文=清水銀嶺