主人公の写楽の娘が命じられたのは、“薬問屋の内儀と間夫の不倫の春画”。そこで取った驚きの手段とは? 春画と少女の恋心が交錯する『写楽心中』がおもしろい
公開日:2019/12/7
江戸時代に成立し、爆発的な人気を博した浮世絵。葛飾北斎や歌川広重、歌川国芳など名だたる絵師が誕生し、その芸術性の高さに今も多くの人が魅了されています。そんな絵師のひとり、東洲斎写楽は「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」などの役者絵を含む140点余りの作品を約10カ月のうちに世に出し、突然姿を消した浮世絵師でした。
先日第一巻が発売された『写楽心中 少女の春画は江戸に咲く』(会田薫/秋田書店)は、謎多き絵師・東洲斎写楽とさまざまな性愛を描く“春画”をテーマにした作品です。
主人公は、天才浮世絵師東洲斎写楽の娘・たまき。たまきは吉原遊郭で生まれ、吉原で花魁として活躍していた母から「お前は絵師・写楽の娘だ」と言われて育ちました。そして、10歳のときに客として遊郭を訪れた「耕書堂」の二代目蔦屋重三郎(以下、蔦重さん)に引き取られ、毎日絵を描きながら暮らしていました。耕書堂は、浮世絵や絵本、読本などの出版販売を行う地本問屋。蔦重さんは版元と呼ばれる稼業を営んでいました。
たまきを引き取り、彼女が好きな絵を描けるように環境を整え、毎日その絵をほめて育てた蔦重さん。たまき自身も、蔦重さんを「お父つぁん」と慕い、街の人々の似顔絵を描いたり、幼なじみの摺師(*)の青年・由太郎に憎まれ口を叩かれたりと穏やかな日々を送っていました。
(*)…彫師が彫った版を紙に一色ずつ摺る職人。
しかし、彼女が15歳になった年、蔦重さんはまっさらな帳面をたまきに渡して“薬問屋の内儀と間夫の密通”……つまり、不倫中の春画を描くように命じます。
蔦重さんが遊郭からたまきを引き取った狙いは、東洲斎写楽の血を引く彼女が写楽の名を継ぎ、もう一度写楽の絵で江戸中を染めることだったのです。
しかしたまきは、まだ男を知らない15歳の少女。初めて描いた“薬問屋の内儀と間夫の密通”の絵は、蔦重さんに「つまらない」と一刀両断されてしまいました。そして、たまきにこう言います。
「あの摺師の男。由太郎はおまえさんに気があるらしい。たまき、由太郎に抱かれておいで」
幼さの残る15歳のたまきが、これからどのような春画を描いていくのか。蔦重さんの野望は達成されるのか……。ストーリーにも引き込まれますが、作者・会田薫先生の現代的でありながら江戸の風情を感じる独特なタッチも、作品にマッチしていて見惚れてしまいます。
同作の登場人物も魅力的。なかでも、蔦重さんに“たまきに惚れている”と見抜かれた由太郎くんは、なんとも不憫で優しい青年。
たまきを好いているのに、一緒にいるとからかってしまったり、たまきのために鷲神社の酉の市で小さな熊手を買っても渡せなかったりと、なかなか素直になれない由太郎くん。そんな彼に、たまきは泣きながらこう訴えます。
あたし…どうしても枕絵を描けるようになりたいんだ。でも、あたしには経験がないから描けないだろって…(中略)ねぇ由太さん。お願い、あたしを抱いてよ じゃないとあたし、お父っつぁんのところへ帰れない。居場所がなくなるは嫌だ。あたしにはもう…お父っつぁんしかいないの
自分の好きな子が「お父っつぁんしかいないの」と言いながら泣きついてくるシチュエーションなんて、あまりにも切ない。由太郎くんの恋心を思うと、不憫でなりません……! それでも「おまえがいっぱしの絵師になりてぇんなら、俺は協力する」と、自分の気持ちを伝えずに彼女を抱くことを決意します。
たまきが帰ったあとに「こんなカタチで抱きたくなかった…」と、ひとりひざを抱える彼の背中がなんとも切ない。一方、たまきは抱かれたあとも由太郎の気持ちには気づかず、蔦重さんのことで頭がいっぱい。しかも、由太郎に抱かれたことで、本当は蔦重さんに抱かれたかったのだ、という本心に気がついてしまいます。そんな一夜を終えて、たまきが描きあげた美しい春画を見た蔦重さんは、彼女の才能を確信します。
浮世絵ロマンが詰まった『写楽心中』。これからたまきがどんな春画を描いていくのか、目が離せません。
文=とみたまゆり