夏目漱石は、できるだけ本を売りたくなかった?あの文豪たちの「お金事情」が赤裸々に

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/17

『お金本』(左右社)

“一体書物を書いて売るといふ事は、私は出来るならしたくないと思ふ。売るとなると、多少慾が出て来て、評判を良くしたいとか、人気を取りたいとか云ふ考えが知らず知らず(※原文は踊り字)に出て来る”

 そう語るのが、現代では紙幣にも印刷されている文豪・夏目漱石なのは、皮肉なことだ。彼は続ける。

“理想的に云へば、自費で出版して、同好者に只で頒つと一番良いのだが、私は貧乏だからそれが出来ぬ”

 大ヒットした『〆切本』の続編となる『お金本』(左右社)は、ズバリ文豪にまつわる「お金」をテーマとしたアンソロジーだ。かつてこれだけ豪華な「お金」のアンソロジーが、あっただろうか。文豪たちは、貧乏を憂いたり楽しんだり、借金を返さないためにあれこれと策を打ったりと、せわしない。100篇を収録していて、一つひとつは短く、だからこそ彼らの多様な個性がよく見えて、愉快な気持ちにさせられる。

 気になる章とともに、文豪たちの言葉を紹介しよう。

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■俺たちに金はない!(I章)

「抑も文学に依つて生活すると云ふ事が無理なのではないかと思はれる」と永井荷風は言った。時代のヒットを生み出した彼が「親の脛噛り」であることも明かしながら、苦しい台所事情を赤裸々に綴るのは、意外に感じられる。

 内田百閒は「どんなことがあつても手離すまいと思つてゐた漱石先生の軸」を金に替え、衣食住をやりくりしたし、「原稿料の前がりや、他から借金するのはなほいやだつたから。そして原稿を送るとすぐに原稿料のさい促もいやだから。毎月こんな様子では困る」と、武者小路実篤は友人に嘆いた。華々しくも思える文豪たちの意外な貧乏生活に、共感を覚えざるを得ない。

■借金の作法(V章)

 太宰治の借金の頼み方は「生涯いちどの、生命がけのおねがひ申しあげます」だった(この記述は、本書でイラスト付きのしおりとなって挟まれている)。さらに「貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます」と続く。怖い気もするが、なんとも太宰らしいと思ってしまう。

「どうぞかんべんして下さい」と言いながら「小生こんど競馬をやらうかと思つてゐますよ」と言ってのけるのは、『堕落論』の坂口安吾である。同時代を生きた彼らのたくましさは、さすがだ。

 他にも「男と女と金」や「金と共に去りぬ」などの章があり、楽しませてもらえることうけあいである。このアンソロジーを読むことができるのは、お金には代えられない贅沢だ。

文=えんどーこーた