女の敵は女…後宮内部は敵ばかり!? 攻略法は…/『後宮妃の管理人』⑤
公開日:2019/12/17
勅旨により急遽結婚と後宮仕えが決定した大手商家の娘・優蘭。お相手は年下の右丞相で美丈夫とくれば、嫁き遅れとしては申し訳なさしかない。しかし後宮で待ち受けていた美女が一言――「あなたの夫です」って!? 後宮を守る相棒は、美しき(女装)夫――? 12月13日には最新2巻が発売!
案内役の宦官に連れられて、優蘭は職場へと向かった。
優蘭がこれから働くのは、珊瑚殿という場所らしい。五つある女官の勤め先の一つ、内官司が入っている。全体的な事務をすると同時に他の女官たちをまとめる、花形役職だ。皇帝付き女官などもここから輩出される。
そこへ着くまでにいくつもの建物と忙しなく動き回る人間たちを見たが、まるで一つの街のようだった。
実際、ここには二千人ほどの人間が暮らしているそうだ。そこら辺の村と比べたら、後宮のほうが明らかに人口が多いようだ。
しかしそれよりも気になるのは、周囲の視線だった。
……見られてる。ものっすごく見られてる。
それで隠れているつもりなのか分からないが、かなりの人数の女性が優蘭を遠巻きに眺めていた。服装も様々で、支給品だと思われる服を着ている人もいれば、見るからに高価な衣装を身にまとっている人もいる。年齢も優蘭ほどの人もいれば、花の盛りであろう少女もいた。
服の色は勤め先によって様々で、事前資料によると七色あるらしい。ほぼ全部の色が揃っているのではないだろうか。
予想するに、前者は掃除や洗濯といった雑事を任されている下女、後者は妃付きの侍女や女官といったところだろう。
割と図太いと言われている優蘭だが、この数の視線に晒されるのはなかなかきつい。しかも好奇の視線だけならまだしも、この段階で明らかに優蘭を敵視したり、嫌悪感を抱いている人もいた。
話し声も聞こえてくる。
「あれが例の?」
「そうらしいわよ」
「なんか……普通。普通すぎて微妙」
「あれで珀家の嫁なんでしょう? あんなパッとしない女と結婚することになって、皓月様可哀想だわ……」
おーい、聞こえてるわよー。
女三人寄ればかしましいとはよく言うが、本当にその通りだ。できる限り声を抑えているつもりなのだろうが、全部聞こえている。案内してくれている宦官は苦笑いしていた。
だが彼女たちはお構い無しで、優蘭の評価を言い合う。
「あんな女に、妃様方の美容と健康の管理ができるわけ? 絶対に無理でしょ」
「わたしもそう思う! というか、従いたくないわ」
「ねー!」
……おかしい。まだ特に何もしてないのに、既に先行きがとても暗い。
数々の修羅場をくぐっていなければ、この場で泣き崩れていたかもしれない。
他にも髪型がどうだとか着ている衣の色がどうだとか言っていたが、精神衛生上よろしくなさそうだったので努めて聞かないことにする。
優蘭は気を強く持ちつつ、周囲をつぶさに観察して気を紛らわすことにした。特に建物を重点的に確認し、頭の中でしっかり書き留める。情報は、商売においての基本だ。
建物自体にもかなりお金がかかっていることが分かるけど、内装もかなりのものね。
さすが国の中枢だ。窓も床もピカピカに磨かれているし、香でも焚かれているのか良い香りがする。色も象牙色で統一されており、明るい印象を受けた。
そのまま歩いていると、渡り廊下に出る。そこでふと、気になるものを見つけた。
優蘭は思わず、宦官に問いかける。
「いくつかの建物の雰囲気が他のものと比べて違うのですが、どうしてでしょうか?」
「ああ、あれですか? あそこは、妃様方の中でも一番位の高い四夫人が暮らしている宮殿なんです。一人につき一つずつ与えられていて、妃様方のご実家が援助して建てられたそうですよ」
「……それはつまり、四夫人が代われば建物も取り壊される、ということですか?」
「そうなりますね」
無駄だ。お金の無駄すぎる。
しかし妃の実家の権力を周囲に見せつけるという意味で、有効なのだろう。つまり妃たちは、後宮内にいても実家の財源をある程度使えるということだ。
優蘭はそのことをしっかり、頭の中に書き留めた。
それから少し歩いた頃、宦官が立ち止まりある一室を示す。
「ここが、珀夫人の職場です」
………………あ、珀夫人って私のことね!
慣れない呼び方に、一瞬返答に困った。
しかしすぐ立て直した優蘭は、笑みを浮かべ頭を下げる。
「案内、どうもありがとうございます」
「いえ。こちら、鍵です。大切にしてください」
「はい」
「その。……頑張ってくださいね」
そんな気の良い宦官に、優蘭は曖昧な笑みを返した。
彼を見送ってから中に入った優蘭は、腰に手を当てぐるりと周囲を見回す。とても綺麗に片付けられた、ほどほどの広さを持つ部屋だった。
「一応、一通りのものと、実家から持ってきたものは揃ってるみたいね」
新品の執務机の上には筆、硯が置いてあるし、棚には既に書物や巻物が詰まっている。
備品などを確認したが、問題なく全て揃っていた。これならまずなんとかなるだろう。
椅子に腰掛けた優蘭は、目を瞑る。
「うーん、そうだなぁ。まずは……何をするのか、決めないとね」
優蘭は改めて、雇用契約内容を確認することにした。
彼女が皇帝から与えられた仕事は、『妃嬪の健康管理及び美容維持と後宮管理』だ。
ここで重要となってくるのが、妃嬪の部分である。
後宮で妃嬪と呼ばれるのは、四夫人、または正一品という一番位が高い女性から、正五品までの女性たちのことだ。正六品から正八品は女官に分類され、それぞれが宮中の職務に従事する。
皇帝から賜った言葉の意味をそのまま取るなら、正五品までの女性たちに対して仕事をすることになる。
だけれど優蘭は、少し深読みしていた。
あの皇帝のことだもの。絶対、文面以上のことを期待しているに決まってる。むしろ文面以上のことをして、度肝を抜かせたい。
「確か資料では、陛下は正八品の女性たちもきっちり選び抜いたって書いてあったわね」
それは、何かしら目をかける点があったから後宮に入れたということだ。皇帝が大変好色なことがよく分かる。
つまり。
「最低でも、正八品までの女性たちの面倒は見ろってことよね」
それが出来なければ、優蘭は早い段階で見限られることになるだろう。でも正直言ってこの内容は、一人ではできない。
だから優蘭は早いうちに、後宮内に味方を作る必要があった。
その瞬間、頭の中にある言葉が駆け巡る。
『あんな女に、妃様方の美容と健康の管理ができるわけ? 絶対に無理でしょ』
『わたしもそう思う! というか、従いたくないわ』
先ほど、すれ違いざまに吐き捨てられた言葉だ。
考えてみるとかなりひどい台詞だが、ある意味その通りだった。
……普通に考えて、女が手本にするのは自分よりも美しい女だものね。
残念ながら、優蘭は手本にはなれない。それは、後宮に入る前から分かっていた。
しかも、優蘭の噂を知り、綺麗になりたくて自分たちから会いに行くならいざ知らず、こっちからいきなりやってきたのだ。今の状況では、言うことなど聞いてくれないだろう。
かといって、諦めるわけにはいかない。
となると、一番初めに味方につけなければいけないのは。
「――四夫人。後宮の最有力皇后候補たちね」
四夫人たちから信頼を得るのは大きな壁だが、味方に引き込めれば大きな利益を生む。彼女たちは正二品以下の妃たちから見ても美しい、手本とするべき女性たちだ。彼女たちを使い後宮に様々な美容・健康法を広めれば、結果的に望む方向へと向かってくれるだろう。
それにここで上手くやれば……売り上げにも直結する!
特に上流貴族を取り込むことができれば、優蘭が想像できないくらいの利益になるはずだ。そしてさらに上手くいけば、都でも流行になるかもしれない。
ちゃりーん。
優蘭の頭の中に、金の音が鳴り響いた。
いける、これはいけるわ……!
これは間違いなく、好機だ。
その考えに至ったからか、優蘭の中にある商人魂がめらめらと燃え上がる。彼女はぱちんと頬を叩き、自分に活を入れた。
やる気になったところで、挨拶だ。まずは顔を覚えてもらわなければならない。優蘭は勢い良く立ち上がる。
「よし! 行くぞ!」