13歳で先生に強姦された作家が自殺――台湾社会を震撼させた、“性的虐待”の実話にもとづく衝撃的な小説!

文芸・カルチャー

更新日:2019/12/20

『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』(林奕含:著、泉京鹿:訳/白水社)

 2019年10月、衝撃的な小説『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』(林奕含:著、泉京鹿:訳/白水社)が日本に上陸した。なぜ衝撃的なのか。中国で刊行された2ヶ月後に作者が自殺し、台湾社会を動かす事態にまで発展したからだ。実は、台湾は過度な学歴偏重社会で、教師による未成年の教え子との交際や職権を乱用した性的暴行などの逸脱行為が横行していたという。林奕含(リン・イーハン)はそんな社会問題を白日のもとにさらした。本作は、実話をもとにした長篇小説。林奕含にとってデビュー作であり遺作ともなった貴重な一冊から、社会の闇と彼女の願いを感じ取ってみてほしい。

■身近な大人が強姦…社会の闇を知った少女の絶望

 台湾・高雄の高級マンションで暮らす房思琪と劉怡婷(リュウ・イーティン)は幼馴染で共に本好き。仲がいい2人は中学を卒業すると、台北で一緒に下宿生活を送るようになった。しかし、思琪の“告白”により、関係は変化してしまう。

怡婷、わたしが李先生とつきあっているって言ったら、怒る?

 かつて、マンションの下階に住んでいた李先生は学習塾で教鞭を執る国語教師。50代で妻子もいる身だ。2人は中学時代、李先生に個別で作文の添削をしてもらっており、怡婷は憧れを抱いていた。衝撃の事実を知った怡婷は、妻子持ちと知りながらも関係を続ける思琪に冷たく当たるようになる。

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 そんな日々を過ごしていたある日、思琪の精神が崩壊。狂ってしまった思琪を目の当たりにした怡婷はショックを受ける。失意の中、何気なく手に取ったのは思琪の日記。そこには目を背けたくなるような事実が記されていた。なんと思琪は13歳の頃、李先生に強姦され、苦しい関係から抜け出せなくなっていたのだ。

 実は李先生は台湾の進学至上主義に乗っかり、自分を崇拝する女生徒に愛を囁きながら、とっかえひっかえ強姦を繰り返してきた鬼畜教師。美しい思琪に目をつけ、作文の添削を口実にし、甘い言葉を伝えながら彼女を食い物にしていた。

これは先生の君への愛し方なんだ。わかるかい? 怒らないでほしい。

君はなぜわたしの頭の中から離れてくれないのか? 行き過ぎだとわたしを責めてもいい。やりすぎだと責めてもいい。しかし、わたしの愛を君は責められるのか? 自分の美しさを君は責められるのか?

 李先生はどれほど思琪を愛しているのかを語りながら彼女を抱く。そのため、思琪は李先生を完璧に嫌いになれず、拒めなかった自分に罪悪感を抱き、苦しむように。13歳の頃から凌辱され続けてきた思琪にとって、愛とは身体を求められ、行為が済んだら血を綺麗に拭ってもらえるだけのもの。“社会の裏側”を知った彼女は愛が分からぬまま、李先生を愛すことで自分を守ろうとした。

愛する人なら、自分に何をしようとかまわない、そうでしょう? 思想とはなんと偉大なものなのか。わたしは、かつてのわたしの偽物。わたしは先生を愛さなければならない。そうでなければ、あまりにもつらすぎる。

 身近な人物が愛を囁きつつ行う強姦。それは見知らぬ人から襲われるのとはまた違った恐怖があるように思う。性犯罪はもともと犯罪の性質上、公になりにくいものだが、親も信頼する人物が加害者だったならば子どもは余計に逃れられなくなるのではないだろうか。

 思琪の身に起きた出来事は決してフィクションではなく、現実社会で起こっていること。今、この瞬間にも絶望の中で生きようともがいている女性がいる。

 著者の自殺後、台北や台南、台中などでは塾講師がペンネームや芸名を使用できなくなり、実名が義務化。これにより、学生と問題を起こすなどの不祥事の過去を持つ教師が名前を変えて再就職することができないようになったという。これは本作に込めた作者の願いが多くの人に伝わった結果だと言える。

 近年は「#MeToo」運動のように、女性の権利を守る活動に注目が集まりやすくなっている。そんな中、日本は、そして私たちは第二の思琪を生み出さないために何をしていけばいいのだろう。そう考えさせる本作は、作者や翻訳者のあとがきにも心動かされる一冊。巧妙に隠された社会の闇に目を向ける勇気が、今の私たちには必要だ。

文=古川諭香