猫に寄り添われ、救われた女性を描いた唯川恵の短編集『みちづれの猫』

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/21

『みちづれの猫』(唯川恵/集英社)

 猫、というのは不思議な存在だ。気まぐれで、ときに冷たさも感じてしまうほど愛想がないが、なぜか一緒にいるだけで心が安らぐ。辛いことがあったとき、ただそばにいてくれるだけで慰めになったりする。

 そんな猫が救いとなる物語『みちづれの猫』(集英社)が発売された。著者は、『肩ごしの恋人』で第126回直木賞を受賞した唯川恵。本作は、猫にまつわる七つの物語が集まった短編集である。

 最初は、実家の猫の死期が近いことを知り実家に戻る主人公の話「ミャアの通り道」から始まる。三人兄弟で猫が欲しいとねだった幼少期、成長するにつれて少しずつ世話をしなくなり始めた子供たち、ひとりで世話をし続けた母の姿、猫の死期が迫ったことで集まる家族たちの団欒。

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 一度でもペットを飼い、死の淵に旅立つその時までを見送ったことがある人なら、読むのが辛くなるほどにそこに描かれる生々しい息遣いに衝撃を受けるだろう。実際、筆者も過去に犬を飼っていたことがあり、いつのまにか自分の経験に重ね合わせて涙を流していた。

 しかし、物語は決してただ辛いだけでは終わらない。ミャアという飼い猫がいたことにより生まれた家族の絆は、猫が亡くなったあともひとつの痕跡として残されていたのだ。

 この作品は、どの篇も猫が登場することは共通しているが、物語が描くのは猫そのものではなく、あくまでその「周辺」である。猫がいることにより変わっていく家族の雰囲気や、自分の気持ち、他者とのつながり。気まぐれで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする猫につられて、人間までもが少し自由になっていく過程が面白い。

「振り返れば、いつもかたわらに猫がいた」という帯の文をみたとき、きっと猫との絆を描いた物語が並んでいるのだろうと思った。しかし、実際に読んでみると、意外にもそうではない話も多い。

 たとえば認知症の祖母の秘め事を描いた「祭りの夜に」に登場するのは、年に一度行われる「猫神様の祭り」という行事だ。その祭りに参加する人たちはみな、猫の面をつけなければいけず、さらに誰とも話してはいけないという決まりがある。夫を自分のお父さんと信じ込むほど症状が悪化している祖母は、一人でお面をつけてとある人に会いに祭りへと足を運ぶ……。

 また、突然死した息子の母を描いた「陽だまりの中」には、いつも庭で餌を食べるオスとメスの2匹の猫が登場するが、彼らとのコミュニケーションがメインに描かれることはない。しかし、その2匹の生き方が、母にとって新たな気づきをもたらすことになる。

 7篇とも猫が登場するという縛りがありながらも、ここまで多様な物語が生まれるものかと驚く。そして、様々な人間模様やストーリー展開を重ね合わせながら、読者である私たちは、猫の一言では言い切れない魅力のようなものを深く味わえる。

 猫のような、つかみどころがないが、手触りがよくあたたかい気持ちになる短編集だ。

文=園田もなか