【ひとめ惚れ大賞】ラヒリが描くのは、人が他者とのあいだで抱く普遍的孤独『わたしのいるところ』新潮クレスト・ブックス担当編集者インタビュー
公開日:2019/12/29
クレスト・ブックスは1998年創刊なのですが、その頃はちょうど海外文学の売れ行きがとても厳しい時期でした。当時別の出版社にいた私は、新潮社が新レーベルを立ち上げたことにかなりびっくりしました。でも魅力的なシリーズにして息長く売れば必ず読者に届くというのが創刊編集長(現在小説家の松家仁之さん)の考えだったんです。昨年創刊20周年を迎え、総点数も160冊を越えました。クレストだからと選んでくださる読者がいて、刊行後何年も経ってから増刷になる作品もあり、ありがたいことです。
ラヒリはクレストの中でも重要な作家のひとりです。初めてラヒリに触れたのは『停電の夜に』の仮綴じ本で、アジア系の作家に興味をお持ちだった小川高義さんに読んでいただいたところ、ぜひ訳したいと。校了直前に『停電の夜に』がピュリッツァー賞を受賞。新人、しかも短篇小説で受賞するのは異例のことでした。
ラヒリはアメリカの作家ですが、『べつの言葉で』というエッセイと本書『わたしのいるところ』はイタリア語で書かれています。大学時代にイタリア語に恋をしたというラヒリは、家族とともにローマに移住し、母語である英語とインド移民の両親の言葉であるベンガル語、その葛藤から自由なイタリア語で作品を書き始めたんです。
40代の独身女性を描いた本書もそうですが、ラヒリの作品の真ん中にはつねに「孤独」がありますよね。移民の家庭で育ったラヒリには、両親より自分のほうが自在に英語を話すとか、食事も年中行事も友だちの家とは違うとか、日常の違和感が否応なくあったでしょう。でも彼女が描く孤独は、人が他者との間に感じる普遍的な孤独で、ラヒリは孤独をつきつめた先にある豊かさを見ているのではないかなと思います。
|| お話を訊いた人 ||
須貝利恵子さん
新潮社文芸第一編集部編集長。1999年、晶文社から新潮社へ転職。ジュンパ・ラヒリがイタリア語から英語への翻訳を手がけたドメニコ・スタルノーネ著『靴ひも』もクレストから発売中。
取材・文/田中裕 写真/首藤幹夫