断絶の時代を繋ぐゲームクリエイター・小島秀夫のMEME「創作する遺伝子」を受け継ごう
公開日:2019/12/28
ゲームクリエイター・小島秀夫監督の最新作『デス・ストランディング』が世界中のゲームファンを驚かせ、楽しませ、寝る時間を奪い、号泣させている。
映画でも小説でもマンガでもなく「ゲーム体験だからこそ」得られる感動や面白さを追求し、次々と「新しいゲーム」を生み出してきた小島監督。
「かくれんぼ」をスリリングな潜入ゲームにし、「おつかい」そのものを世界と人の絆の再生のゲームに仕立ててしまう、視点と感性。
発想の源にあるのは何か? 何をどう見て読んで自分に取り込むことで、新しいものが生まれるのか? 現役クリエイターも、クリエイターを目指す人も、創作の源を知りたいと思うことだろう。
その手がかりのひとつになるのが『創作する遺伝子 僕が愛したMEMEたち(新潮文庫)』(小島秀夫/新潮社)だ。
MEMEとは、「進化生物学者のリチャード・ドーキンスが提唱した概念である。生物的な遺伝子(GENE)とは異なり、文化や習慣や価値観などを次世代に継承していく情報」を指す言葉である。「思考や精神の遺伝情報」と言えるだろう。
GENEで人と人が繋がり継承されていくように、人が本や映画と繋がることでMEMEは継承される。
小島監督は、愛する本や作品を紹介することで、類まれなる創作者のMEMEを読者に伝えてくれようとしているのだ。
小島監督が本書で紹介している本や映画は、SF、ミステリー、純文学、ファンタジー、ノンフィクション、絵本、コミック……多岐多様だ。数々の作品について、小島監督自身がどうMEMEとして受け継いだのか、それを読み解いてみたい。
■「繋がり」――同じ「孤独」を共有する人がいる
小島監督のエッセイでしばしば登場するキーワードは「孤独」だ。幼い頃に父親を亡くし、母子で生きてきた小島少年は「カギっ子」だった。
がらんとした家の中は、静かでなんだか怖いんだ――幼少期のトラウマともいえる「孤独癖」は、少年が青年になり大人になって、友人や家族や仕事仲間とともに過ごしていても、不意に襲いかかってくる最大の恐怖だ。その孤独に打ち勝つ方法が、「本」であり「映画」だった。
(本は疑似体験だが体験であり)一人で読むものだが、そこで繰り広げられている物語を多くの見知らぬ人と共有できる。孤独だが繋がっている。
■「生存」「生還」――命懸けで受け継ぐということ
では、小島監督は数々の本から多くのMEMEを受け継いだが、その中でも大きな割合を占めているのが「生存」「生還」だ。
本書で紹介されている小説『漂流』(吉村昭)、『神々の山嶺』(夢枕獏)、『漂流教室』(楳図かずお)、映画『大脱走』『パピヨン』『127時間』『アイガー北壁』……絶体絶命の状況に身を置きながら「生存」「生還」することを目指し、必死に生きる人々の姿が描かれている。
そして、小島監督作品からMEMEを受け継いだ一人の作家・伊藤計劃氏が、この世に残した小説『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット(角川文庫)』(角川書店)に、それを完璧に表す一文がある。
人間は消滅しない。ぼくらは、それを語る者のなかに流れ続ける川のようなものだ。人という存在はすべて、物理的肉体であると同時に語り継がれる物語でもある。
■「新しさ」と「続ける」こと
小島監督は、無数の物語からMEMEを受け継ぎ、「誰もやったことのない事を、誰より先んじて実現してきた。しかも、誰もが通ってない危険な道をあえて選んで攀ってきたつもりだ」った。ところが、2012年には――
私はこの歳になって、自分の「それ」についての確信を失いそうになっていた。
※(登山家ジョージ・マロリーの名言「“Because it’s there.” それ(山)がそこにあるから」の「それ」になぞらえて)
その迷いをはらったのが『神々の山嶺』(夢枕獏)だという。この作品には二人の主人公がいる。誰も登攀したことのないルートに拘り続けた天才クライマー・羽生と、とある謎を求めて羽生を追ううちに、自らも山にのめり込んでいく深町。しかし、深町は気づく。自分には新しいルートを切り開く才能はない。天才の羽生を追攀し続けることしかできない。だが、生きて山から帰り、また山に向かう。その繰り返しだけが「おれにできることだ」と深町は気づくのだ。
小島監督は、羽生でもあるが、これからの自分は深町なのだと気づいた。
私には「それ」しかなかったのだ。「それ」を喪うことは自分を喪うこと。だから、私はすべてを捨てようとも、「それ」を続けるしかない。(中略)私は攀り続けるだろう。「それがそこにあるから」ではない。むしろ、これからは「それがそこにないから」攀り続けるのだ。
本書には、小島秀夫というクリエイターの創作の礎となったMEMEが紹介されていると同時に、小島秀夫という一人の人間の進んできた道や生き方が刻み込まれている。
どうか、紹介された本や映画を見て「へぇ」で終わるのではなく、本書を片手に「小島監督がどうその作品と向き合い、何を受け継いだのか?」を考えてみてほしい。
そこに自分なりの何かが生まれたと感じたのなら、間違いなく、あなたは小島監督のMEMEを受け継いだのだろう。
※また、本書についての小島監督の思いは、元本となった単行本発売当時(2013年)の小島秀夫監督SPインタビューを併せて読んでいただければと思います。
文=水陶マコト