ゲイ風俗のもちぎさんって、実在するの……? 謎の覆面作家・もちぎさんに、過去のことや現在の暮らしについて聞いてみた

文芸・カルチャー

公開日:2020/1/16

 男性が男性に身体を売る“ゲイ風俗”での体験をまとめたコミックエッセイ『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』(KADOKAWA)で、鮮烈な作家デビューを飾ったもちぎさん。その処女作は書店の売上ランキングにも入り、一躍、もちぎさんの名を世のなかに知らしめる結果となった。

「18歳、自由に生きるために家出」『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』①

『あたいと他の愛』(もちぎ/文藝春秋)

 そして続く2作目では完全なるエッセイに挑戦。『あたいと他の愛』(文藝春秋)と題し、毒親だった母親から受けた仕打ちや、救いの手を差し伸べてくれた恩師・K先生との出会い、心から信頼できる友達との交流などを書き綴った。本作もまた、『王様のブランチ』のブックコーナーで取り上げられるなど、話題を集めた。

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 もちぎさんはまさに、出版界に現れた風雲児だ。

 しかし、顔を隠し、匿名で活動しているため、なかなかどんな人物像なのかが見えてこない。なかには、「本当にもちぎさんって実在するの……?」なんて訝しんでいる人もいるだろう。

 そこで、もちぎさんに特別インタビューを敢行することに! 『あたいと他の愛』に込めた想いや幼少期のこと、普段の暮らし、そして今後の目標まで幅広く伺った。

■『あたいと他の愛』は「恩返し」のために書いた一冊

――デビュー作である『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』はコミックエッセイでしたが、2作目の『あたいと他の愛』は完全なエッセイでしたね。マンガという手法を取らなかったのは理由があるんですか?

もちぎ:そもそも、幼少期にマンガをあまり読んでいなかったんです。お姉ちゃんが持っていたBLや少女マンガを借りて読むくらいで。そんな人間がどうしてマンガを描きはじめたのかというと、いやらしい話ですが、ツイッターでの投稿をバズらせるためでした。結果的にぼくの発信は広まり、デビュー作もいろんな人に読んでいただけました。書いているうちに楽しくなってきて、今は漫画で発信するのも好きになってます。でも、やはりマンガの素養がないので、本当に伝えたいことを深く掘り下げるのは難しい。特に『あたいと他の愛』では、過去の大切な出来事を書きたかったので、それなら文章だけで勝負するしかないな、と。

――『あたいと他の愛』には、もちぎさんの人生に大きな影響をもたらした人々が出てきます。K先生、腐女子の友達・カナコさん、初めてのゲイ友達・エイジくん。それぞれとのエピソードを丁寧に描きたかったということですよね。

もちぎ:そうなんです。彼らはそれぞれ、ぼくに大切な一言を残してくれました。それを絶対に書きたかったんです。当時はふざけてばかりいて、その言葉の真意に気づくこともできなかった。でも、いまとなって思い返してみると、みんなぼくのことを気遣ってくれていたんです。だからこそ、感謝の気持ちの表れとしても、本にしたいと思ったんです。

――「恩返し」という意味もあるんですか?

もちぎ:恩返しの側面は強いと思います。特にK先生なんて、ぼくだけじゃなく、一人ひとりの生徒と向き合う素晴らしい先生でした。でも、きっとなかには、K先生の愛情に気づいていない生徒もいると思うんです。そのままだと、みんなのなかからK先生の記憶が消えてしまうかもしれない。ぼくはそれが悔しくて。だから、こうして書き残すことによって、K先生が生きていた証明になれば良いとも思いました。恩着せがましいかもしれないですけど……。

■自己肯定感が低い人は、未来のために現状を受け入れてみてほしい

――過去のことを振り返りながら執筆してみて、あらためていまの自分と過去の自分との違いに気づくことはありましたか?

もちぎ:幼少期のぼくは、すごく自己肯定感が低かったと思います。母親から「ブサイク、お前なんか生むんじゃなかった」っていつも言われていたので、自分のことをなかなか認められなかったんです。でも、ゲイ風俗で働くようになると、自分の価値がお金や指名数といった数値で見えるようになるんですね。そこで初めて、少しだけ自分を好きになることができました。もちろん、そこで痛い目に遭うこともありましたけど。

――じゃあ、いまは自己肯定感が高まっている?

もちぎ:いまは自分のことが大好きですよ。毎朝、鏡を見て、「お、かわいいじゃん」って思いますし(笑)。でも、厳密に言うと、「気にならなくなった」というほうが近いかもしれません。見た目もそうだし、「発信する」という行為についても遠慮しなくなりました。風俗で働いていた自分みたいな人間が発信しても、それを受け止めてくれる土壌がある。それは先人が頑張って築き上げてくれたものでもありますけど、世界がちょっとずつ変わってきていることが、ぼく自身の肯定感にもつながっています。

――過去のもちぎさんみたいに「自己肯定感の低さ」に悩む人たちは少なくないですよね。どうすれば自分を認めて、好きになれるんですか?

もちぎ:ひとつは、みんななにかしらのコンプレックスを抱えているという現実を知ることかなぁ……。風俗で働いていたときも、どこからどう見ても完璧なイケメンなのに「俺、中身スカスカだから」って悩んでいる子がいたんです。その姿を見たときに、みんなコンプレックスを持っているんだと知り、少し勇気が湧いたんです。

 もうひとつは、良い意味で諦める時間を持つこと。

――諦めちゃうんですか……?

もちぎ:そうです。よく、「環境を変えなさい」とか言われるじゃないですか。でも、環境を変えたことで、「自分は逃げたんだ」と自分を追い詰めてしまう人もいる。そういう人に、環境を変えろとか、人間関係を変えろなんて軽々しくは言えないですよね。じゃあ、どうするのかと言うと、諦める時間を持つことしかないと思っていて。

 ぼくの場合だと、高校に通っていた3年間がそれでした。売春しながら必死で家にお金を入れていたけど、その3年は我慢の時期だと思って諦めていたんです。そうやって諦めると、逆にその状況ですべきことが見つかる。我慢をした先にある未来のために、いまなにをすべきなのかがわかるんです。そして、目の前のことを着実にこなしていくと、ちょっとずつ自己肯定感にもつながったりして。だから、未来のために現状を受け入れるという考え方を持つのも良いかもしれない。

■いまは田舎に引っ越して、隠居生活を送っている

――もちぎさん、いまは田舎で隠居生活を送っているんですよね?

もちぎ:そうそう。田舎に引っ越して、のんびり暮らしています。

――どうして隠居生活を選んだんですか?

もちぎ:セクシュアルマイノリティの人たちって、都会に集まるんですね。やはり、田舎よりも出会いが多いですから。でも、ぼくはそんな都会生活への頓着がなくなったんです。なので、もう田舎に引っ込んでのんびりしよう、と。

――じゃあ、いまは出会いも求めていないんですね。

もちぎ:もともと、恋人が欲しいとも思っていなくて。それどころか、いま住んでいるところにはゲイの友達すらいないんです。

――普段、どんなことをして過ごしているんですか?

もちぎ:おかげさまで、いまはほぼ執筆業だけで生活しています。だから、まずは原稿を書くのが日課。そして空き時間は、本を読んで勉強したり、映画を観て過ごしたりっていう、夏休みの学生みたいな毎日ですね。人と会うことも少ないので、たまにテレビに向かって話しかけて、声が出るかどうか確認しています(笑)。

――どんな本を読むんですか?

もちぎ:ぼくが読むのは、専門書が多いんです。最近だと、『新宿二丁目の文化人類学』とか。娯楽のためというよりも、知識を得るために読書をする感じです。そうじゃないと、話の内容に説得力を持たせられないじゃないですか。誰かと話すときには、自分の経験を踏まえつつ、先人の知恵も交えて会話したい。だから、割とアカデミックな本ばかりを選んでしまいますね。先ほどお話しした通り、マンガも詳しくないですし、文芸作品もあまり読まないのですが、唯一湊かなえさんの小説はほとんど読んでます。どうしてでしょう。苛烈な母親像や行き違いのある家族観とかが自分と重なるからでしょうか。

■エッセイの最終巻では、母親との対話も載せたい

――のんびり暮らしつつも、執筆業や発信活動は精力的にされていますよね。作家としての、今後の目標を教えてください。

もちぎ:残り1年ちょっとで、過去の体験をエッセイにするのは終わりにしようと思っているんです。

――え! おしまいなんですか!?

もちぎ:そうなんです。そろそろ区切りをつけたくって。もちろん、作家業は続けていくつもりですけどね。そのためにも、消化できていない過去を全部吐き出していこうと思っています。そして、エッセイの最終巻では、母親との対面も済ませて、そのエピソードを収録しようと考えているんです。毒親に苦しめられている人たちに対して、「和解しよう」とか「いつか再会してね」なんて言うつもりはありません。ただ、ぼく自身は「会う」という選択を取ったことを伝えたくて。

――お母さんとは、まったく会っていないんですよね……?

もちぎ:いま現在は、断絶した関係のままです。ぼくの活動についても知られていないですし、まだ会って話す時期ではないかもしれない。ただ、2021年の3月までには一度会って話してみたい。

――正直、不安はないですか?

もちぎ:どうなんだろう……。記憶に残っている母親のままだったら、きっと会った瞬間に「いくら稼いでるんだ!」「親に金を渡そうと思わないのか!」って責められる気がします。でも、人って変わるじゃないですか。時間が経てば考え方も価値観も変わる。だから、良い意味で期待をしつつ、良い意味で諦めを持って再会しようと思います。

 そして、どんな結末だったとしても、それを書き残したい。そこで本当の意味での一区切りがつけられる気がしているんです。

取材・文=五十嵐 大