『食堂かたつむり』の小川糸さんが選ぶ「おいしい文学賞」――第1回受賞作は高校生“主夫”の成長物語
公開日:2020/1/18
『食堂かたつむり』(小川糸)、『真夜中のパン屋さん』(大沼紀子)、『月のぶどう』(寺地はるな)など、おいしいものが登場する小説作品に定評のあるポプラ社。これらに続く作品を生み出そうと創設されたのが、ポプラ社デビューの作家・小川糸さんと、“食いしん坊”ばかりの編集部で選考を行うという、その名も「おいしい文学賞」だ。
ごはんやおやつ、お酒など、「おいしいもの」と聞いて連想するテーマ・モチーフが含まれていればどんな作品でも応募できる本賞には、250作以上が集まった。その中から、栄えある第1回受賞作に選ばれたのが、白石睦月氏の「母さんは料理がへたすぎる」という作品で、このたび同タイトルの『母さんは料理がへたすぎる』(ポプラ社)として刊行された。
主人公は、山田家の長男である山田龍一朗、高校1年生。ハマっていることはキャラ弁当作り。朝の忙しい時間でも、会社勤めで忙しい母親と、幼稚園に通う三つ子の妹たちの面倒をまとめて見ながら、スーパーのタイムセールでゲットした食材を駆使し、華麗に一家の弁当と朝食を仕上げていく。
山田家に父親はいない。3年前、事故で帰らぬ人となったからだ。母はビジネスの世界では優秀らしいが、いかんせん料理がへたすぎて、一家の台所は主夫である父が賄っていた。その父の役割を引き継いで、今は龍一朗が彼女たちの世話をしているというわけだ。
龍一朗に料理を仕込んでくれたのは、ほかならぬ父だった。調理実習のときには、クラスメイトに「シェフ」とあだ名されるほどの腕前もある。だが、高校生の龍一朗には、主夫業のほかにも学校生活という大仕事があるのだ。
憧れの女の子、学園祭、試験勉強に友人関係──しかし龍一朗に、ひとりの時間を楽しむような暇はない。学校が終われば妹たちを迎えに行き、彼女らが腹を空かせていれば食事を作り、熱を出せば看病する。もともと料理は好きだったし、今さら母に反抗して、手間をかけさせたいわけじゃない。けれど、とある事件をきっかけに、龍一朗は自分と母が、この生活に思いのほか疲弊していたことに気づいてしまい……?
考えてみれば、他人との関係は料理に似ている。冷蔵庫の中にたまたまあった食材も、組み合わせ次第でびっくりするほどおいしくなるし、残念な一皿にもなる。食べごろを過ぎれば傷んで毒になりうるし、煮込んではじめて旨みを引き出せるものもある。ただのカレー1杯でも、肉を使うかシーフードにするか、どんなスパイスをどれだけ入れるか、ごはんを添えるなら米の品種は、水加減は──その味わいはまさに一期一会だ。
選考にあたり、小川糸さんが「父親をなくした後の日常や、お互いへの優しい眼差しなど、家族それぞれの等身大が描かれていて、とても魅力を感じました」とコメントを寄せた本作。甘く、やさしく、ときにしょっぱく、ほろ苦い、龍一朗と山田家の日々の食卓を、あなたも味わってみては?
文=三田ゆき