水曜どうでしょうの名物ディレクターがつづった軽やかで示唆に富んだエッセイ『笑ってる場合かヒゲ』
公開日:2020/2/4
2019年12月25日。待望の「水曜どうでしょう」の新作が放送された。年が明けて1月15日、東京をはじめとする道外での放送も始まった。どうでしょうファンにとっては、6年ぶりのお祭り騒ぎである。また大泉洋さんのぼやきが、藤村Dの高笑いが、4人の人間ドラマが見られるかと思うと、嬉しくてしょうがない。
『笑ってる場合かヒゲ 水曜どうでしょう的思考』(藤村忠寿/朝日新聞出版)は、新シリーズ鑑賞のお供としてテレビの横に置きたくなるような1冊だ。藤村Dの真骨頂、なんでも偏見を持たずに面白がれ! というメッセージがいっぱいつまっている。本書は前作アフリカ編の放送後にあたる2014年から2016年まで、朝日新聞北海道版で連載されたコラムを書籍化したものなので、ファンに向けた近況報告のような意味合いもあるかも。
■水曜どうでしょうに復帰するつもりがなかった鈴井さん
ファンとしてやっぱり気になるのは、今だから語れる水曜どうでしょうの裏側だ。印象深いのは、鈴井貴之さんが映画を撮影するため、番組を半年間休止したときのエピソード。あとになって鈴井さんは「半年後にどうでしょうに戻る気はなかったんです」と明かしたそうだ。驚きしかない。
番組開始当初は大学生で頼りなかった大泉さん。ところが放送を重ねるにつれて大化けして、そのうち大泉さんをサポートする役目に回った鈴井さんは、番組の中で立ち位置を見失ったとか。
「昔は心から楽しめない自分がいたけど、今はゲラゲラ笑っちゃう」
鈴井さんの言葉が胸に響く。また昔の水曜どうでしょうを見返してみようかな…。
■テレビではできない失敗を体験してみたい
藤村Dといえば、数年前に芝居に挑戦したことで話題になった。本書では芝居に挑戦した理由について語られている。ズバリそれは「テレビではできない失敗を体験してみたかったから」。
テレビは面白くないところをカットできる。撮り直しもできる。けれども芝居は生ものだ。お客さんの前で失敗はできない。だからこそ失敗したときは、右往左往する姿にリアリティが宿って、きっと面白いものになる。
旅企画の中で、4人のそのままの姿を切り取ってきたからこそ、藤村Dは舞台という生の現場に立ちたいと思い至ったのかもしれない。芝居に初挑戦してから月日は流れて、今ではすっかり芝居にのめりこみ、座長を務めた公演もある。なんでも偏見なく面白がれる藤村Dの生き方が、人生の楽しさや喜びを引き寄せるのではないかと感じさせる。
■難局は「やり過ごしてしまう」
本書では、4人で厳しい旅を越えてきた藤村Dらしい言葉も光る。それは苦難や難局を「やり過ごしてしまう」という考え方だ。普通は人生の試練が訪れたとき、どうやって「乗り越えるか」を考える。けれども乗り越えるには相応の精神エネルギーが必要だ。そんなに頑張れない人がいれば、エネルギーを使い果たして心がポッキリ折れちゃう人もいる。
水曜どうでしょうの旅は、無茶な企画を達成するため、いつも向こう見ずに計画を立てて、苦しい旅にみんなでケンカを繰り広げた。そうやって罵り合いながら少しずつ進んでいるうちに、いつの間にか難局が去ってしまう。みんな反省しないからガハハハと笑ってHTB(北海道テレビ)に帰ってきて、また旅立つときはみんなで苦しんでケンカする。水曜どうでしょうはいつもこの繰り返しだった。
ある程度は「やり過ごすしかないんだよ」ということを、僕らは知らず知らずのうちに番組で伝えていたのだと思います。「人間、そんなに強くないんだよ」「笑っていればなんとかなるさ」って。
色々と余計なことを考えたくなる今の世の中だが、藤村Dの言う通り、人生は案外なんとかなってしまうのかもしれない。
■4人で番組を作って見えた景色
本書から感じるのは、藤村Dの底抜けの明るさ、思考の柔軟さ、そしてしなやかに人生を生きる人間味だ。軽やかに読めるエッセイだけど、示唆に富んでいる。どうでしょうファンとして、読んでいて笑みがこぼれる。
本書では、あるとき嬉野Dが藤村Dに語った言葉がつづられている。もともと水曜どうでしょうは、北海道の名もなきローカル番組として、あまり期待されていなかった。
「番組を始めたころの僕らは、なにもない原っぱに四人だけ立っていたようなものですよ」
当初は4人みんなが不安に駆られながら番組を作っていたそうだ。東京キー局のようなノウハウはないけど、代わりに自分たちがやりたいことだけを突き進んできた。誰もいない原っぱを4人だけで歩いてきた。だからこそ見えた景色がある。
「僕らの頭上には、抜けるような青空が広がっていたんですよ」
水曜どうでしょうの新シリーズが放送されている。レギュラー放送の頃と比べて、みんな年を取ったし、立場も変わった。ちょっと寂しい部分もある。けれども4人の関係は変わらない。それを見つめるファンも変わらない。今度はどんな笑いを、罵り合いを、人間ドラマを見せてくれるのだろうか。楽しみで仕方ない。
文=いのうえゆきひろ