フランス人がアニメ・マンガにはまり『キャッツ・アイ』カードを飛ばすまでになった人生録
公開日:2020/2/3
フランス人の女性が日本のアニメで育ったらどうなるか?
答えは「立派なマンガ家になった」。
そう書くと、ありふれていると思うかもしれない。しかしフランスのコミックは「バンド・デシネ」と呼ばれるものが一般的で、アメコミや現代アートに雰囲気が近く、マンガとは微妙に違う。『フランス人の私が日本のアニメで育ったらこうなった。』(エルザ・ブランツ:著、鵜野孝紀:解説/DU BOOKS)の著者のエルザさんが夢中になったのはまさに、日本が生んだマンガの方だ。
エルザさんがマンガに出会ったきっかけは、1970年代の終わり頃から、フランスで日本のアニメの放映が始まったことだった。1978年に『UFOロボ・グレンダイザー』が放送されるや否や、それまでは幼児向けがメインだったアニメに、多くの若者が釘付けに。以来『アルプスの少女ハイジ』や『キャンディ・キャンディ』など欧米が舞台の作品はもちろんのこと、『めぞん一刻』や『キャプテン翼』といった、日本を描いた物語も放送されていった。
エルザさんは、
“日本のアニメはキャラクターも個性豊かでいろんな世界観があって、とにかく魅力的ですぐに虜になりました”
というものの、「テレビなんて最悪よ。外に出て体を動かして筋肉をつけないと」と考える母親は、アニメをなかなか見せてくれなかったそう。そこで、留守中にこっそりと見る、あるいは撮りためておくといった、日本の子どもたちとなんら変わらない行動に出る。
『ダイの大冒険』のフランスでの放送が打ち切られた時には、南フランスのセートに住んでいたエルザさんは友人とアンテナをいじくり、スペインの放送を受信したと語る(しかしスペイン語がまったく分からず、視聴を断念)。
そんな姿に触れると、私たちが見るテレビもアナログ放送だった時代、隣県の地方局がアニメを放送しているからと映りの悪い画面を見て、「目が悪くなるからやめなさい!」と叱られた子ども時代を思い出してしまった。
またアニメに夢中になるあまり、ヴェルサイユ宮殿でオスカルの肖像画を探したり、『キャッツ・アイ』の来生三姉妹に憧れてカードを投げる練習をしたりするエピソードは、「アニメあるある」過ぎて笑いを誘われる(ちなみに私も旅行で行ったニューヨークで、友人と公共図書館の中で『BANANA FISH』ごっこをしたことがある)。
日本のアニメがなぜ海外で愛されたかは、既に研究し尽くされているのでここではくり返さないが、同書によると、フランスの女性作家の進出は、少女マンガが促した側面があるという。
フランスには少女マンガに該当するジャンルはなく、女の子はティーンになるとYA(ヤングアダルト)小説を読む傾向が強かった。それゆえバンド・デシネの女性作家の割合がわずかだったのだが、『美少女戦士セーラームーン』などの影響もあり、女性作家の数が徐々に増えていったそう。しかしコミック版カンヌ国際映画祭とも言われるアングレーム国際漫画祭では長らく、女性の受賞者は1人にとどまっていた。フランスのマンガ界は完全な男社会だったのだ。そんな中、2016年のノミネート作家に女性が1人もいなかったことから、女性作家たちが「性差別に抗議する女性漫画家集団」を結成し、投票をボイコット。以来、自由投票形式の選考方法が導入され、2019年ついに高橋留美子がグランプリに輝いたという。女性で2人目、日本人としても2人目(1人目は大友克洋)の受賞となったのは、女性たちの尽力と無関係ではないはずだ。マンガやアニメはまさに、社会を動かす力になったのだ。
エルザさん自身も幼い頃はシャイで時にいじめられていたのに、現実の男子は桜木花道(スラムダンク)や日向小次郎(キャプテン翼)ほど強くないことに気づき、たくましく成長することができたそう。そして同じ趣味を持つ男性のギヨームさんと結婚し、子どもたちも立派なオタに成長しているという。
エルザさんの作品は現在、日本でも読むことができる。古代ギリシャを舞台にした『セーブ・ミー・ピティ』は電子書籍に(http://comic-catapult.com/works/sehbumihpi_001.html)、『リボンの騎士』をトリビュートした読み切りは手塚治虫生誕90周年を記念したマンガ書籍『テヅコミ』(マイクロマガジン社)に掲載されている。ストーリー展開やオノマトペなどは日本のものとやや違うと感じるかもしれないが、違和感なく読めて、マンガやアニメへの深い愛を感じることができる。
たとえ四畳半のアパートを描いていてもアニメやマンガは国境を越えて読まれ、手に取った人の生き方を作るものとなるとは…。最近すっかりご無沙汰だったけれど、またマンガを読んでみよう。そんな気にさせられる。
文=朴順梨