死刑と無期懲役の間で葛藤! クールな裁判官が裏に抱える「本音」を告白
公開日:2020/2/4
黒い法服をまとう裁判官には、謹厳実直という言葉がよく似合う。だが、裁判官も人間。血も涙もあれば、情にほだされそうになることもあるという。『裁判官失格 法と正義の間(はざま)で揺れ動く苦悩と葛藤』(高橋隆一/SBクリエイティブ)は、そんな“ひとりの人間”である裁判官の本音が詰め込まれた告白本だ。
著者の高橋氏は昔から多趣味であったため、司法試験合格後、先輩の裁判官から「趣味の時間が確保しやすい」と教えてもらい、裁判官になることを決めた。動機はユニークだが、裁判官人生の中で民事・刑事・家事・少年の各種事件に対して真摯に向き合い、2006年に退官。その後は公証人となり、現在は弁護士として法の世界で活躍している。
そんな法のエキスパートがこれまでに下してきた判決の裏には、一体どんな葛藤や苦悩があったのだろうか。
■裁判官が抱えている“重荷”とは?
法の番人である裁判官は、私たちが知らないような重荷を抱えている。例えば、仕事量の多さもそのひとつ。本書によると、大都市の民事であれば、裁判官ひとりで裁判を行う「単独事件」を常時200~250件ほど、3人の裁判官で裁判を行う「合議事件」をさらに80~100件ほど抱えており、そのうえ新件の単独事件が月に30~40件くらい来るのだという。
裁判ごとなどは、「早く終わらせたいのに…」と思うことが大半だろうが、その背景には手持ちの事件を同時進行していかなければならない裁判官の激務が深く関係していることを知っておきたい。
また、一般的な企業であれば新人は失敗から学び、成長していけるものだろうが、法の世界ではそれ(=失敗)が許されない。裁判官は他者の人生を左右する職であるからこそ、キャリアの初めから正しくなければならないのだ。そのため、裁判官は自分がこれから下そうとしている判決が正しいのか迷うこともあるという。高橋氏自身も法廷の扉の前を行き戻りし、重圧に苦しんだことがあったという。
個人的には関係のない“赤の他人”の人生に、生涯をかけるのが裁判官だ。ドライでクールな印象を持っている人が多そうだが、もしかしたら裁判官は誰よりも人間味にあふれた存在なのかもしれない。
■「疑わしきは罰せず」の原則にはもどかしさも…
裁判の基本は「疑わしきは罰せず」。それによって時には歯がゆい思いを押し殺し、判決を下さなければならないこともあるという。例えば、去年、名古屋地裁で19歳の実の娘に対する父親の性的行為に無罪判決が下され非常に大きな話題になった。このように私たち一般人が感情的に納得できない判決が下されるのも、「疑わしきは罰せず」の原則があるからだ。特に性犯罪は物的証拠があっても、「被害者がほとんど抵抗しなかったので合意があった」と弁解されることもあり、判断が非常に難しいのだという。
また、いくら疑わしくても検察が起訴しない限りそれ以上踏み込めないという規則があり、これにも裁判官がもどかしさを感じることがあるという。著者の記憶に残っているのは、自分が産んだ3人の子ども全員を歴代の再婚相手に次々と殺させたというとても陰惨な事件。母親であったB子は直接手を下していなかったと判断されたため検察から起訴されず、それ以上介入できなかった。そのことは著者の心残りになっているという…。
人を正しく裁かなければいけない重圧。疑わしい人を裁けないという歯がゆさ。その両方を抱え、事件と真摯に向き合う裁判官。法廷の裏には、私たちが想像している以上の本音が隠されているのかもしれない。
衝撃的な事件やそれに関する告白が多数記されている本書には、著者の司法修習生時代のこぼれ話や、説諭(判決宣告の後、被告人に対して告げる訓戒)にかける思いなども掲載されており、そのどの言葉も響く。冷静で客観的に人を裁くプロの裏側には、人間愛があるのだ。
文=古川諭香