フェミニズムの話題になると「男でごめん」と謝る人は論点を理解していない? 上野千鶴子と田房永子がとことん語り合った
更新日:2020/3/13
2020年に入り早くも1カ月が過ぎ、暦の上ではもう春だ。入社や入学の季節が、すぐそこまで来ている。平成最後の東京大学・入学式で、同大学の名誉教授であり女性学の第一人者でもある社会学者・上野千鶴子さんは、祝辞の終盤で新入生たちにこのように呼びかけた。
「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」
『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(上野千鶴子・田房永子/大和書房)は、『母がしんどい』『それでも親子でいなきゃいけないの?』などで話題の漫画家・ライターの田房さんと上野さんの対談を通して、「弱さ」に対する認識を深めることがこれからの時代のキーワードであることを示す。
子育て経験はなくアカデミックな立場に立脚しているという上野さんと、子育て経験があり物語・アートの世界に立脚している田房さんの対談も、お互いの弱い部分を補うような形で進行していく。出産や育児に際して女性が経験する“不自由さ”について語り合う場面で、田房さんは「レコードのA面・B面」という比喩を持ち出している。
田房 A面は融通がきくけど、B面はかけがえのないもの、代えがきかないもの。A面には男たちがいて、女たちも最初はこっちで暮らしているんだけど、出産や育児にぶち当たった時、B面にぐーんって行かなきゃいけないんです。男性も病気や怪我で変わるけど、基本的にずっとA面でいられる。女はA面とB面を行ったり来たりしなきゃいけなくて、たとえばB面の病院で「流産しそうだから休んでください」って言われて、A面で会社と折り合いをつけるのに苦労したり。
「私は別に生きづらくない」という女性もいるかもしれない。人によって、さまざま立場や都合がある。既婚で子どもがいない、既婚で子どもがいる、未婚で子どもがいない、未婚で子どもがいる…それぞれの状況によって、世の中の出来事に対する感じ方は異なるのが当然。そのことが前提にないと、各々が自分の利害関係を最優先にして正義を主張してしまいかねないし、不和が残ってしまう。
レコードはA面が終わると、B面にひっくり返さねばならず、A面とB面が交わることはない。でもこの問題は、「DJ」が解決することができる。DJならば、同じレコードを2枚準備できれば、A面とB面をたやすく橋渡しできるのだ。A面とB面のつなぎ方の可能性は無限大だから、1枚のレコードをひっくり返す場合よりも圧倒的に柔軟性やクリエイティビティを宿すことができるだろう。
A面・B面は、強さと弱さを考える際にも応用できそうだ。誰にでも強さと弱さがある。女性が強く生きることも時に理想とされるが、それは多くの場合、女性の弱さ(B面)からの解放ではなく、男性の強さ(A面)を増強してしまうだけではと本書は指摘する。
田房 フェミっぽい話をしようとすると、「男を代表して謝ります、すみません」って言ってくる男の人がいるんです。「男でごめんなさい」みたいな。私あれがほんと、虫酸が走るほどイヤなんです。
謝罪で議論を閉ざしてしまうのは、弱さを理解し合うことにはつながらない。入社・入学という新しい季節に備えて、本書を通じてさまざまな視点があることに触れ、考えを磨いてみてはいかがだろうか。
文=神保慶政